韓国5大寂滅寶宮聖地巡り+義湘と善妙の伝説4泊5日
ツアー内容
今回は韓国仏教旅行の特別企画で韓国5大寂滅宝宮と東日本の高山寺の義湘と善妙の伝説、義湘に一途な善妙のための善妙閣がある「浮石寺」、イギリスの女王、エリザベス2世が千年続いた修行空間と韓国の美しい木造建築物を見に立ち寄った「鳳停寺」も特別に旅程に入れましたので楽しみに、また、韓国古刹2箇所もご案内させていただきます。韓国5大寂滅宝宮(1.靈鷲山通度寺寂滅宝宮、2.雪岳山鳳頂庵寂滅宝宮、3.太白山淨岩寺寂滅寶宮、4.五台山中台庵寂滅宝宮、5.獅子山法興寺寂滅宝宮)で、寂滅宝宮と言うのは 'あらゆる煩悩妄想が寂滅した貴重な宮'でお釈迦の真身舍利を奉安した殿閣を言います。宝宮は釈迦が悟りを得た後、最初の寂滅道場会を開いた印度(インド)の馬摩竭陀國(マガダ国)の伽耶城の南側にある菩提樹の金剛座から始まります。韓国に舍利信仰を伝えたのは“慈臧律師”で、中国に留学した慈蔵律師は終南山で文殊菩薩を親見して世尊の衣鉢と真身舍利100果を仕えて帰国した真身舍利と頂骨を分けて奉安した所が5大寂滅宝宮です。仏教に興味ある方としては一生のうちに一回は必ず行きたい所と思い、今回のツアーを企画しましたので、宜しくお願いします。
靈鷲山通度寺寂滅宝宮通度寺は釈迦の真身舍利を奉る名刹で、韓国三宝寺院(仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺、僧宝寺刹の松廣寺)の一つながら、仏の真身舍利がある5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つです。寺院の記録によると、通道寺と呼ばれたのは、この寺が位置した山の姿がお釈迦さまが説法を施したインド霊鷲山の姿と通じている事と仏法に精通し衆生を済度すると意味で通道寺と命名したといわれています。 唐の国から慈蔵律師が釈迦如来真身舍利(釈迦の遺骨)を奉って来て、善徳女王12年(643年)に創建されました。 通度寺は、国内寺院の中でも珍しく、大雄殿に仏像が安置されていないことで有名です。
雪嶽山鳳頂庵寂滅宝宮高さ1708mの神聖なイメージを持つ雪嶽山は雪峰山とも呼ばれています。最高峰は大青峰で、南側には寒渓嶺、北側には馬等嶺と彌矢嶺などの峠があり、これらの峠を繋いでいる稜線が太白山脈です。 雪嶽山は、早くから降り積もった雪が長く残っていて、岩石が雪のように白い色なので、雪岳と呼ばれています。韓国の寺院の中で一番高い標高1224m地点にある鳳頂庵は5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つです。新羅時代の27代の王(632~647)である善德女王13年(644年) に仏様真身舍利と金襴袈裟を持って唐から帰国した慈蔵律師が創建し、雪岳山一軸を成している巨岩に5階石塔(鳳頂庵石迦舍利塔)に真身舍利を安置しました。鳳頂庵石迦舍利塔は石迦様の脳舍利を奉安したと言って仏脳宝塔とも呼ばれています。 667年の元曉大師の重建に引き続き高麗中期である 1188年には普照國師知訥が, 1648年には大覺國師 義天が重建しました。
太白山淨岩寺寂滅宝宮5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つで、慈蔵が636年(善徳女王5)に唐に行き、文殊道場の山西省雲際寺にて21日間の致誠の結果、文殊菩薩を新見し、お釈迦様の神宝(お釈迦様の頂骨舍利と袈裟(けさ)、念珠(ねんじゅ)など)を得て帰国した後、善德女王12年(世紀643年)に淨岩寺を創建しました。神宝(お釈迦様の頂骨舍利と袈裟(けさ)、念珠(ねんじゅ)など)が淨岩寺の後ろ、天衣峰の中腹にある水瑪瑙塔に奉安されているので、この法堂には仏像が安置されてないです。また、この寺には、天然記念物第73号の淨岩寺熱目魚捿息地があります。
五臺山中台庵寂滅宝宮新羅時代の善德女王14年(世紀645年) 唐から帰って来た慈蔵律師が五台山地爐峰に祠堂を創建し、お釈迦様の頂骨舍利を奉安した、韓国5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つです。寂滅宝宮は五台山の多くの峰たちが屏風のように取り囲んだ中央の大地に位置し、龍が如意珠を戯れる形と言って昔から明堂(龍の頭に当たる風水の良い場所)で有名な場所です。伝説によればこの山勢による龍の頂骨部分に頂骨舍利を奉安しました。
獅子山法興寺お釈迦様の眞身舍利を奉安した、韓国5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つで、新羅の真徳王647年頃に慈蔵律師によって興寧寺として創建され獅子山寺→獅子山寂滅寶宮と改称しました。法興寺の寂滅寶宮の裏山にお釈迦様の眞身舍利を奉安し、舍利搭の横には慈蔵律師が修道した土窟があります。
鳳停寺鳳停寺は新羅時代の30代王((661-681))である文武王12 年(672年)に義湘大師(625-702)が 浮石寺から飛ばした紙の鳳がここに舞い降りて寺を建てたと伝えられています。安東で最も大きい寺刹である鳳停寺は現存している韓国一の古い木造建物の極樂殿があります。 安東鳳停寺極樂殿は切妻屋根、柱心包を有し、高麗時代の建物ですが、統一新羅時代の建築様式を内包しています。柱のエンタシス、栱包の単調な構造、内部架構の古格さがこの建物の特徴です。大雄殿の中心には釈迦如来、左には観世音菩薩、右には地蔵菩薩を配置し、寺には重要な建築物と高麗時代の代表的な石塔の三層石塔があり、万歳楼、寮舎などの建物、附属庵の霊山庵、知照庵があります。 また高麗の建物である極樂殿と朝鮮初期の建物である大雄殿、朝鮮中後期の古今堂と華厳講堂、無量海会、万歳樓などが並んでおり時代別に比較するのも面白いです。極樂殿 •大雄殿には大藏經を印刷するために刻んだ木版が保管されています。高麗時代には太祖王健と恭愍王が、最近ではイギリスの女王、エリザベス2世が千年続いた修行空間と韓国の美しい木造建築物を見に鳳停寺に立ち寄ったことで、世界から注目されました。
その他
浮石寺浮石寺は新羅の文武王(661∼681)16年(西暦676年)に義湘大師が王の命を受けて建てた華厳宗の根本道場として韓国10大名刹の中の一つであります。その後高麗顯宗(1010∼1031)7年(1016年)に円融國師が無量壽殿を建て直しました。108段の石段を登る国宝の浮石寺無量壽殿は鳳亭寺極楽殿と共に最も美しい韓国最古の木造建築で有名です。無量寿殿と書かれた扁額は恭愍王の親筆です。参拝者達は石燈の前で無量寿殿に向かい手を合わせます。浮石寺は入口の天王門から安養門に着くまで108の石段を登りますが、これは108の煩悩からの救いの意味がこめられています。門に書かれている安養は極楽を意味します。山門の一柱門をくぐり、天王門、安養門までの108石段を登ると極楽浄土の無量寿殿に着きます。無量壽殿は高麗時代に作られた木造建物でその中には最も古い仏像である塑造如來坐像と西方極楽浄土の阿弥陀如来が安置されています。