[韓国旅行.百済仏教.韓国名刹.観音聖地.7泊8日] 百済仏教伝来地+韓国5大寺院+韓国3大観音聖地巡り7泊8日

 
百済仏教伝来地+韓国5大寺院+韓国3大観音聖地巡り7泊8日

ツアー内容
今回に紹介する韓国仏教旅行は日本仏教に大きな影響を与えた百済仏教伝来地(百済900年の古都公州・扶余の百済滅亡の悲しみと百済に残る2つの石塔「定林寺址5層石塔」、日本最初の海外留学生善信尼たちの壁画がある「皐蘭寺」、百済の微笑で有名な「瑞山の磨崖三尊仏」、百済時代の最大の伽藍で、韓国の最高・最大の石塔「益山弥勒寺の塔」、現存する百済の古刹の一つで、韓国最古の木造建築物「修德寺」、百済仏教伝来地の「法聖浦」、百済地に仏教を初めて伝えたインドの僧、摩羅難陀(マラナンダ)を記念して建てた「摩羅難陀寺」、百済に初めて仏教の寺を開いた「仏甲寺」)、韓国5大寺院(陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺、釜山梵魚寺)、韓国3大観世音菩薩聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵)などの韓国名刹と百済・新羅・高麗・朝鮮時代の古刹巡礼ができる一生一絵の大事な旅行になると思います。また、徳川家による江戸幕府260年の力になった儒学、日本の儒学の祖である藤原惺と日本朱子学の父と呼ばれる韓国の儒学者姜沆の「内山書院」もご案内させていただきます。
百済仏教伝来地

詳細は各々の寺院をクリックしてご参考ください。
瑞山の磨崖三尊仏 瑞山開心寺 修德寺
皐蘭寺 定林寺址5層石塔 益山弥勒寺の塔
法聖浦 摩羅難陀寺 仏甲寺


百済仏教伝来地

瑞山の磨崖三尊仏
磨崖三尊仏は瑞山郊外の山の中腹の岸壁に彫られています。瑞山市は忠清南道・西北地域の西海岸近くにあり、当時扶余や公州から中国へ行く交易路の途中で百済の交通路にあたり、道行く人の安寧を願うために作られたと説明があります。韓国は木材が豊富ではないので花崗岩を加工した石塔が多く作られるようになり、その技術を駆使して摩崖仏も彫られました。 この磨崖三尊仏は韓国最古の磨崖仏で、西暦 600年頃に彫られたものでいずれもほほえみを浮かべているので「百済の微笑」として有名です。


瑞山開心寺
開心寺は百済義慈王 14年(654)慧鑑國師が創建し、1941年大雄殿解体修理の時発見された記録によって朝鮮成宗 15年(1484)に直ったことを分かります。心の扉が自然に開かれるお寺のように特別な魅力のお寺で、松が並んだ階段の上がり道は情があふれます。 この階段を通れば長方形の境地である池と向い合います。この池は彼岸と現世を分ける境界の意味です。 池の上に置かれた木の橋を渡れば初めて仏様の世界の中に入ります。開心寺境内で断然人目を引くことは尋劍堂(知恵の刀を捜す家)で、自分勝手に曲がった木をそのまま柱と梁で使って自然美を感じる建物です。 特に, 台所に入る門と似合った柱と梁が見事です。


修德寺
德崇山(德をあがめ尊ぶ山)にある修德寺(德を修める寺)は現存する百済の古刹の一つであり、修徳寺大雄殿は、現存する韓国最古の木造建築物です。創建に関する正確な文献記録は残っていませんが、境内で百済の瓦が発見されたことから、百済時代(威徳王在位時554~597)に創建された寺と考えられています。7世紀の中期に崇濟法師が註釋したり、僧侶惠現が<法華経>を講論したりしました。このお寺の特徴は山の斜面に建物が分散して建てられているという点で、本殿である大雄殿(国宝)や観音菩薩立像など、大小20余りの建物があります。 キレイに装飾が施された韓国独特のお寺で、 建物の周囲にはお釈迦様の人生画が極彩色で描かれています。


皐蘭寺
日本最初の海外留学生善信尼たちの壁画がある皐蘭寺。鞍作の司馬達等(くらつくりのしばたつと)の娘で、鳥(止利)仏師の叔母にあたる善信尼、奈良時代に日本から3人の女性(善信尼たち)が最初に百済にわたり、扶余の寺に仏教の勉強しに来ました。船に載っている信尼たちの絵が皐蘭寺の裏の壁画(絵には2人)に描かれています。三人の女性(善信尼たち)が1年半の修行で六法戒(式叉摩那の戒)と大戒(比丘・比丘尼の戒)を授し、日本に帰って桜井寺(のちの豊浦寺)に住んで、多くの尼を指導し、仏教の興隆に力をつくしました。


定林寺址5層石塔
寺は塔と本堂が一直線になる百済時代の寺の形式で、日本で言う「四天王寺」形式です。定林寺は都があったときの扶余の町の中心地にあった寺院で、6世紀中頃に創建されました。百済の滅亡とともに廃滅し、百済時代のものとしては、三尊仏立像や塑像仏が発見され、定林寺址博物館で見ることが出来ます。門を入いると右に方形の池があり、仏の国に入ります。


益山弥勒寺の塔
弥勒寺址は武王(在位600~641)の時代に建立された寺院、伽藍を三つ(3金堂、3つの塔)の院で構成するという独特の配置の百済時代の最大の伽藍で、百済の弥勒信仰の救心点でした。弥勒寺址の石塔は、弥勒寺の創建とともに建立されたもので、韓国の最高・最大の石塔です。西塔は、現在は六層の一部しか残っていないですが、発掘調査で出土した石材からみて、本来は九層の石塔であったと推定されています。現在東側以外の南・西・北の3面がセメントで補修されますが、今後の天災などで倒壊する危険性があり10年計画で解体・復元することになりました。東塔は残った石を使って九重復元されて、美しい姿をみられます。


法聖浦
現在の法聖浦という地名は仏法が聖に伝わった港口という意味で付けられた地名で、法聖浦はこのように仏教の縁が深い故障であり, 韓国の仏教文化史蹟や,精神文明史蹟に非常に由緒のある地元です。法聖浦は百済仏教伝来地で、インドの僧摩羅難陀(マラナンダ)がに山東半島から、黄海を渡って法聖浦の入江の畔に着き、仏教が百済に入って百五十年後、聖明王が日本に釈迦仏の金銅像一体と経綸を贈りました。。百済から瀬戸内海を経て、難波から大和川(初瀬川)を遡って定着しました。


摩羅難陀寺
百済仏教初渡来地として、インドの僧摩羅難陀(マラナンダ)が百済地に仏教を初めて伝えた所を記念して摩羅難陀(マラナンダ)寺を建てています。摩羅難陀(マラナンダ)はパキスタンのガンダーラ地方出身です。中国を経って仏教が伝わった高句麗と違い百済はパキスタンのガンダーラ地方の摩羅難陀(マラナンダ)を通じて直接仏教が伝われました。ガンダーラから全南光栄の法聖浦に至る行路期間は約 10余年の歳月に推正しています。今の法聖浦を百済時代には阿無浦(アムポ)と言いましたがこれは摩羅難陀(マラナンダ)が到着した時に胸の前に阿彌陀仏を奉じて仕えて来たので"阿彌陀"が→阿無浦(アムポ)になりました。


仏甲寺
法聖浦に着いたインドの僧摩羅難陀(マラナンダ)は、百済に初めて仏教の寺「仏甲寺」を開きました。この仏甲寺は曹渓宗となっている。百済が滅びて焼失し740年頃再建されたにもかかわらず、慶長の役の戦で70棟も焼失し、唯一残った東屋のみ現在も残されています。百済仏教最初の伽藍であるだけでなく歴史記録に残っている、現存最古の寺刹です。仏甲寺の大雄殿は 18世紀に建立された、1600年寺刹です。仏甲寺が建てられた地域の霊光という地名は宇宙法戒と億万生霊が本来から含んでいる悟りの光という意味で仏教名称です。

※法聖浦は特産物であるいしもちの干物を使った'いしもちの干物定食'の食べ物が有名です。


その他
詳細は内山書院をクリックしてご参考ください。
内山書院


その他

内山書院
内山書院は文禄慶長の役のときに捕まれ、日本へ連れて行かれ約3年ぶりに帰って来た姜沆が立てた寺小屋で、現在の私立大学です。以後、大院君の寺小屋撤廃によって高宗 5年に撤廃されたことを近来、新たに建てて全羅南道記念物に指定されました。文禄慶長の役のとき日本へ連れて行かれた多くの人のうち、姜沆(カン・ハン)を祀ったところで、仏甲寺へ行く途中にあります。



韓国5大寺院

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仏宝寺刹の通度寺 法宝寺刹の海印寺 僧宝寺刹の松廣寺
九禮華嚴寺 釜山梵魚寺  

韓国5大寺院
1.仏宝寺刹の通度寺(韓国三宝寺院)
2.法宝寺刹の海印寺(韓国三宝寺院)
3.僧宝寺刹の松廣寺(韓国三宝寺院)
4.九禮華嚴寺
5.釜山梵魚寺


梁山通度寺
通度寺は釈迦の真身舍利を奉る名刹で、韓国三宝寺院(仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺、僧宝寺刹の松廣寺)の一つながら、仏の真身舍利がある5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五臺山上院寺、獅子山法興寺)の一つです。寺院の記録によると、通道寺と呼ばれたのは、この寺が位置した山の姿がお釈迦さまが説法を施したインド霊鷲山の姿と通じている事と真理を会通して衆生を導く意味で通度寺と命名したといわれています。 唐の国から慈蔵律師が釈迦如来真身舍利(釈迦の遺骨)を奉って来て、善徳女王12年(643年)に創建されました。国内寺院の中でも珍しく、通度寺の大雄殿には仏像を奉安せず、建物の裏に金剛戒壇を設置して仏の真身舎利を奉安しています。金剛のように堅くて貴重な規範という意味の金剛戒壇には通度寺創建の根本精神がおさめられた聖地であり、中央に鐘の形の石造物を設置して、仏舎利を奉安しています。 慈蔵が金剛戒壇に釈迦牟尼の真身舍利を奉安して以来、千三百余年を韓国最高の聖地とされ、通度寺は新羅時代の仏教の根本道場になりました。通度寺のある鷲棲山は美しい自然環境で、寺の入り口から一柱門まで立ち並ぶ数百年を経た松の木と共に寺の法鼓や鐘、夕陽の落照と池、寺の裏の滝と岩などの素晴らしい景色で、通度寺八景と呼ばれています。


順天松廣寺
仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺と並ぶ僧宝寺刹として韓国三宝寺刹の一つである松廣寺。三宝とは仏教で貴いとされる仏宝、法宝、僧宝の三種の宝物をいいますが、このうち松広寺は僧宝を持つ寺刹です。僧宝というのは釈迦の教えを習って修行する弟子のことを指し、この寺が僧宝寺刹と言われる理由は、この寺が高僧を多く輩出したことによります。高麗時代を代表する高僧といえば王子出身の大覚国師義天と普照国師知訥が挙げられます。ここ松広寺を建立した普照国師知訥は、高麗仏教の祖で、現在の韓国仏教の教祖としてなっている人物です。 松広寺には、知訥、真覚などこの寺で排出された16人の高僧の肖像画を奉安しています。  隣接の博物館には、高麗高宗の制書、高麗時代に作成した奴隷文書、涅槃経(宝物第90号)、朝鮮末期の実験者大院君の蘭の掛け軸、朝鮮の名筆の秋史金正喜の書、朝鮮王朝第二一代英祖大王の御筆など多くの文化財が展示されている。


陜川海印寺
海印寺は韓国三宝寺院(仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺、僧宝寺刹の松廣寺)の一つで、仏教の経典を8万枚の板に刻んだ八万大蔵経が保管されていることで有名です。 八万大蔵経は、蒙古の侵略に対して国難克服を祈願する意味で、高麗23年(1236年)から16年 という長い歳月をかけて作り上げられたものです。版木には、南海と巨済地方でとれたホオノキを3年間海水に漬けた後、陰干ししたものが使われています。横68㎝、縦24.5㎝、厚さ3㎝の大きさの板の両端に木をはめて版木の均衡を取り、漆を塗って腐食を防いでいます。 経版の数は81,340枚で、冊数は6,791冊。 これらは温度と湿度が一定に保てるという朝鮮初期の建築物・八万大蔵経板殿に保存されており、ユネスコ世界文化遺産に指定されています。


釜山梵魚寺
韓仏教曹渓宗第 14 校具本社である禅刹大本山金井山の梵魚寺は、一千年以上の歴史を持っている古刹の陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺とともに韓国5大寺刹の一つです。1300年前の新羅文武王18年(678)に高僧の義湘大師により創建され、文禄の役で焼失し、1602年に再建されて今に至ります。金井山梵魚寺の由来は、金井山の尾根に井戸があって水の色が金色なので「金井」、金色の魚が五色の雲に乗って天からおりてきて「天の魚(梵魚)」という名前が付けられたそうです。特に3つの仏像が並ぶ大雄殿は、朝鮮時代中期の仏教建築の傑作といわれます。西暦678年(新羅文武王18年)元曉大師を始め、多くの高僧達がここで修行しました。


求禮華嚴寺
韓国5大寺院(陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺、釜山梵魚寺)の一つで、百済26代王(523-554)聖王22年( 544年)にインドの緣起尊者が大雄常寂光殿と海會堂建てて華儼寺創建しました。この地は文殊菩薩がいつも説法する地で、名前も大智文殊師利菩薩の名前を選んで智利山にし、梵僧である緣起尊者が華厳経を説した所なので、華儼寺と言い、そして 智利山 華厳寺になりました。百済法王(599年)の時には 3千人の僧がいて印度的な華厳思想が百済地にきらめき輝いていました。新羅時代の27代王(632~647)である善德女王14年(645)に慈蔵律師が真身舍利 73果を仕えて4獅子 3階舍利石塔と供養塔を立て、元曉聖師は海會堂で新羅の花郎道達に華厳思想を教えて三国統一成して、義湘祖師は 2階4面7軒の四方の石壁に華厳経を刻んで黃金丈六佛像を仕えて丈六殿の法堂と石燈を造成し、精神的三国統一と華厳聖地にしました。


五臺山上院寺
上院寺は、新羅善徳女王12年(643年)に慈藏法師(590〜658)が月精寺と一緒に建てたという説と、新羅31代の王である神文王(在位681〜692)の息子達である宝川と孝明によって作られたという説があります。聖徳王4年(705年)に再建されましたが、1946年に焼失し、1947年に新たに建てられました。上院寺には3種類の国宝があり、その一つは新羅 聖徳王24年(725)に作られた高さ1.67m、直径91cmの韓国で最も古い同鐘です。鐘が響かせる澄んだ音の美しさと天女二人が雲に乗り羽衣を拡げて空を飛びながら楽器を演奏する姿が繊細に陽刻された奏楽飛天像が有名ですが、今は鐘を保護するために鳴らすことはできません。もう一つは世祖(セジョ:王様の名前)が直接見たと言う文殊童子の姿を彫刻した文殊童子像で国宝221号に指定されています。三番目は、上院寺を再建するために世祖が書いた直筆の御帖である重祠勧善文が国宝229号です。 上院寺入口には、世祖が入浴する際に冠帯をかけておいたことから「冠帯かけ(クァンデゴル)」と呼ばれる所があります。



韓国3大観世音菩薩聖地

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襄陽洛山寺紅蓮庵 江華普門寺 南海菩提庵

韓国3大観世音菩薩聖地
1.襄陽洛山寺紅蓮庵
2.江華普門寺
3.南海菩提庵

襄陽洛山寺紅蓮庵
新羅時代から有名な韓国の三大観音聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵)の一つで、観音窟とも呼ばれている紅蓮庵は新羅時代(BC57-AD935)の30代王である文武王(661-681)16年(676)に華儼宗の開祖である義湘大師(625-702)が創建した法堂の建物です。その来由と係わる伝説が伝えてきます。新羅文武王 12年義湘が入山をする途中に石橋の上の色が青い鳥を見て追いかけたら、鳥は石窟の中に入って行って影をひそめて見えなくなりました。義湘は石窟前の海の中ある岩の上に正座して7日中勤行したら、深い海の中で紅蓮がほとばしてその中で観音菩薩が現われました。義湘が心の中に抱いていた願いを祈ったら万事が思った通りに成就して無上大道を得たので紅蓮庵という名前の庵を鳥が入ってた石窟の上に建てました。宝陀窟という懸板がかかっていて、法堂の中には高さ 52.5㎝のやや小い観音菩薩坐像を仕えておいています。


江華普門寺
韓国の三大観音聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵)の中の一つである普門寺は善徳女王4年(635年)に金剛山での修行を終えて帰ってきた懷正大師が創建し、山の形がインド南端の海岸にある観音が住む八角形の山の普陀落山に似ていたので、山は洛伽山、寺は普門寺と名付けました。洛伽は観音菩薩が住む山の名前で、普門は衆生を救うために33の姿に変化する観世音菩薩を表す言葉です。お寺を創建して14年後に、新羅時代にある漁夫が釣りをしていた時、網にかかった仏像と羅漢像22具を夢の通りにお寺の右側にある石窟に奉安したところ、金持ちになったという伝説が伝えられています。それからは石窟に祈祷すれば奇跡が成就されるので、多くの信徒達が此処を訪れています。


南海菩提庵
683年(新羅31代王、神文王 3)に元曉が草庵を創建し、修道しながら観世音菩薩を親見した後に山の名前を普光山,草庵の名前を普光寺だと名をつけました。海水観音像、普光殿に観音三尊仏を奉安し、極楽殿の中央には阿弥陀仏を左右には脇侍仏の観世音菩薩像と大勢至菩薩像を奉安しています。朝鮮時代には李成桂がこちらで百日祈祷をして朝鮮王朝を開いたことに感謝する意味で山の名前を金山, お寺の名前を菩提庵だと変えました。洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺と一緒に韓国 3大観世音菩薩聖地の一つです。インドから持って来た、大きい竹切れを背景に座っている香木観世音菩薩像があります。菩提庵は心を込めて祈りを捧げれば、一つの願いは必ず聞き届けてくれるというので、大勢の人が祈願成就を祈るために菩提庵を訪れています。


出発曜日

月 / 火(出発!)/ 水 / 木 / 金 / / 日
[OP吉祥寺テンプル・ステイ土曜日参加者のため、土曜日出発です!]


1日目
日程 仁川・金浦入国(担当ガイドが到着出口にお迎いに伺います。)
空港→江華普門寺→宿泊ホテル
※予定時間:14:00~20:00 
宿泊ホテル ホテルJE.S、Greenpia観光ホテルの中で、個人指定は出来ません。。
食事 夕食(うなぎ定食)
2日目
日程 ホテル→百済仏教伝来地(瑞山の磨崖三尊仏→瑞山開心寺→禮山修德寺)→宿泊ホテル
 ※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 金江観光ホテル
食事 朝食×、昼食(太刀魚煮込み)、夕食(田舎家定食)
3日目
日程 ホテル→百済仏教伝来地(皐蘭寺→定林寺址5層石塔→益山弥勒寺の塔)→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル

Hansungホテル、全州観光ホテル、全州COREホテル、全州core-rivieraホテル の中で、個人指定は出来ません。

食事 朝食×、昼食(ブルゴギサムバプ)、夕食(骨付きガルビ1人前)
4日目
日程 ホテル→済仏教伝来地(法聖浦→摩羅難陀寺→仏甲寺→内山書院)→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル prado観光ホテルmasters観光ホテルマイダスホテルの中で、個人指定は出来ません。。
食事 朝食×、昼食(イシモチ焼き)、夕食(全州式定食))
5日目
日程 ホテル→順天松廣寺→求禮華嚴寺→南海菩提庵→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 海印寺観光ホテル
食事 朝食×昼食(山菜定食)、夕食(海鮮味噌鍋、マッコリ酒)酒)
6日目
日程 ホテル→陜川海印寺→釜山梵魚寺→梁山通度寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 羅宮(韓屋)、スイトホテル慶州、慶州パーク観光ホテル、慶州ヒルトンホテルの中で、個人指定は出来ません。ん
食事 朝食×、昼食(釜山名物お好み焼き、マッコリ)、夕食(豆腐鍋)
7日目
日程 ホテル→襄陽洛山寺紅蓮庵→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル ソウルホテル(イビスアンバサダー明洞、パシフィック、サボイ、ベストウェスタンプレミアホテル国都、ロッテホテル蚕室、シェラトングランデウォーカーヒルの中で、個人指定は出来ません。)
食事 朝食×、昼食(スン豆腐鍋)、夕食(棒鱈焼き)
8日目
日程 ホテル→午前中自由時間行動→お土産(ショッピング)→仁川・金浦出国
※予定時間:14:00~16:00 
食事 朝食×
OP
8日目

OP吉祥寺テンプル・ステイについて
・吉祥寺テンプル・ステイ1泊延長のご希望の方は8泊9日の日程に変わります。
・8日目に吉祥寺観覧後、ごゆっくりテンプル・ステイ参加になります。
・吉祥寺テンプル・ステイ追加料金はお一人様当たり¥16,000になります。
※テンプル・ステイ参加者のご注意事項&準備物
1.個人行動はしないようにお願いします。
2.默言するようにお願いします。
3.道場(仏道を修めるお寺一帯)で僧と参加者同士が会う度に挨拶(合掌拝礼)します。
4.道場(仏道を修めるお寺一帯)を歩く時はいつも両手を合わせて歩きます。
5.礼仏/供養(食事)には必ずご参加してください。
6.道場(仏道を修めるお寺一帯)では禁煙・禁酒してください。

7.個人準備物(歯ブラシ、タオル、楽な服装、楽な運動靴、靴下)は個人的に用意してください。
日程

ホテル→吉祥寺テンプル・ステイ参加(1430分~23)→そのまま宿泊
吉祥寺テンプル・ステイ1日目の日程
14:40-15:00 登録/案内
15:00-15:30 入齋式/写真撮影
15:40-16:50 習儀(儀式を先に習う)生活/礼仏 /供養
17:00-17:50 藥石-夕食/洗面
18:00-18:50 礼仏 /108拝
19:00-19:50 仏教常識
20:00-22:50 座禪
23:00-3:50 睡眠
※予定時間:11:00~

宿泊ホテル 吉祥寺
食事 朝食×、昼食(家庭食)、夕食(お寺)
OP
9日目
日程 吉祥寺テンプル・ステイ参加(0350分~1440)終了後→お土産(ショッピング)→仁川・金浦出国
吉祥寺テンプル・ステイ2日目の日程
3:50-4:40 洗面/礼仏
4:45-5:19 108拝
5:20-5:50 座禪
6:00-6:50 朝食
7:00-7:50 掃除(雲力)
8:00-10:00 座禪
10:00-11:30 座禪
11:30-12:00 昼食
12:00-12:30 自由修練
12:30-13:30 座禪
13:30-14:40 茶談/感想文
14:40-15:00 お寺出発
※予定時間:~16:00 
食事 朝食(お寺)、昼食(お寺)
旅行代金詳細・オプション詳細
ツアー料金に含まれるもの:7泊宿泊ホテル、昼食6回、夕食7回、往復バス料金、日本語ガイド、観光地入場料。
注意事項:
1.ツアー料金: 7名以上359,000、4~6名379,000、1~3名399,000
2.旅行代金 1人当り料金(大人・子供同額)
3.本ツアーは最少人数3名で、最終2名で出発になった場合は一人当たり¥50,000の追加料金がかかります。
4.一人1部屋ご希望者は13泊分の¥100,000追加になります。
5.本ツアーは他のお客様との混乗車ツアーとなります。
6.食事は地元の一番美味しい食堂を手配しておりますが、当日の交通関係でメニューと食堂の可能性もございますので、ご了承くださいませ。
7.ツアー当日の予約・交通状況によりコース順が多少異なる場合もございます。
8.ツアー中の天災地変、個人的事故、紛失等につきましては弊社では責任を負いかねます。
9.荷物はできるだけ簡単にお願い、歩きやすい靴でご参加ください。
キャンセル・返金について

ツアーキャンセル規定:
1.一週間前よりキャンセルチャージがかかります。(代金の30%)
2.前日キャンセルはツアー代金の50%
3.前日午後5時以降のキャンセル&無連絡はツアー代金の100%をお支払い頂きます。



所要時間
7泊8日
交通手段
バス
出発日時
毎週「土曜日」
主催会社
李’sファミリー(株)
集合場所
仁川・金浦空港お迎え

一般ツアー
 3名以下 399,000 円 399,000 円
 4名以上 379,000 円 379,000 円
 7名以上 359,000 円 359,000 円
専用車貸切ツアー
0 円
0 円
0 円
0 円

人数
大人 男 大人 女
小学生 幼兒
一般ツアー
* 専用車貸切ツアーご希望者はチェックして下さい。
合計金額



     
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