[韓国旅行.韓国仏教.三十三観音聖地. 10泊11日] 韓国三十三観音聖地巡礼10泊11日

 
韓国三十三観音聖地巡礼10泊11日

ツアー内容
今回に紹介する旅行は韓国の観音信仰寺院三十三カ所を直接訪れ、無病長寿の個人的な願い、貴重な韓国仏教文化の体験ができるように企画させていただきました。韓国5大寺院(陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺、釜山梵魚寺)、韓国5大寂滅宝宮の2箇所(靈鷲山通度寺寂滅宝宮、獅子山法興寺寂滅宝宮)、韓国4大観世音菩薩聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵、麗水向日庵)、世界文化遺産2箇所(陜川海印寺、慶州仏国寺)などの韓国名刹と百済・新羅・高麗・朝鮮時代の古刹巡礼ができる一生一絵の大事な旅行になると思います。
韓国三十三観音聖地巡礼

詳細は各々の寺院をクリックしてご参考ください。
1.ソウル道詵寺 2.ソウル奉恩寺 3.ソウル曹溪寺
4.華城龍珠寺 5.禮山修德寺 6.公州摩谷寺
7.金堤金山寺 8.長城白羊寺 9.扶安來蘇寺
10.高敞禪雲寺 11.海南大興寺 12.順天松廣寺
13.麗水向日庵 14.南海菩提庵 15.河東雙鷄寺
16.求禮華嚴寺 17.陜川海印寺 18.釜山梵魚寺
19.梁山通度寺 20.慶州仏国寺 21.慶州祇林寺
22.永川銀海寺 23.大邱桐華寺 24.金泉直指寺
25.報恩法住寺 26.義城孤雲寺 27.三陟新興寺
28.襄陽洛山寺 29.平昌月精寺 30.寧越法興寺
31.原州龜龍寺 32.驪州神勒寺 33.江華普門寺


1.ソウル道詵寺
僧侶道詵がこの山勢が千年後の末法時代に仏法を再び興すところだと見通し、 新羅時代の48代王である景文王2年(862年)に寺を創建し、大きい岩に磨崖観音菩薩像である道先寺石仏(高さ8.43m)を彫刻しました。この石仏には霊験があるといわれて祈願者が列をなし、石仏の前には石塔と石燈があります。道詵寺で有名なのは道先國師が彫刻した不思議な力を持つと知られている石仏の磨崖観音菩薩像と青潭和尚です。


2.ソウル奉恩寺 (ボンウンサ)
修道山に位置した奉恩寺は千年余の法灯をつづけた古刹で、新羅時代38代王(785∼798)である元聖王10年(794年)、練会国師が見性寺を創建し、朝鮮王朝(1498年)第18代燕山君の王妃、貞顕王后が先代成宗王の宣陵の奉陵寺院としてこの寺を修築した際に、奉恩寺と改めました。 大雄殿には釈迦三尊仏の釈迦牟尼仏・阿弥陀仏・薬師如来仏と十一面観音菩薩像を奉安して、寺の中には 海水観音像、 高さ23mの韓国最大の弥勒大仏があります。奉恩寺の選佛堂で朝鮮時代は僧科試が行われ、西山大師と泗溟大師も登科しました。


3.ソウル曹溪寺
曹溪寺は朝鮮時代1代王(1392∼1398)である太祖4年(1395年)に創建された寺院で、1910年僧侶の韓龍雲・朴漢永らにより重建され、覚皇寺と呼ばれました。1939年からは太古寺と呼ばれ、1954年の仏教浄化以後には曹渓寺に改称されました。韓国仏教の歴史と伝統を代表する宗団である大韓仏教・曹渓宗の総本山として韓国仏教の中心としての役割を果たし、釈迦牟尼の教えを根本にし、直指人心、見性成仏、伝法度生を宗旨としています。極楽殿の阿弥陀仏の脇侍仏に、観世音菩薩像を奉安しています。 大雄殿には木釋迦佛坐像、後佛幀畵があり、境内には樹齢が推定できない天然記念物第9号のソウル寿松洞の白松があります。


4.華城龍珠寺
竜珠寺(ヨンジュサ)は統一新羅時代の46代王(839∼857)である文聖王16年 (854年)に廉居和尙が創建された葛陽寺(カリャンサ)の跡地に建立された寺院です。1636年、丙子胡乱(中国の清が朝鮮を侵略した戦争)で焼失し、朝鮮王朝第22代王である正祖が非業の死を遂げた父の思悼世子の御陵を水原の華山に移したこと(顕隆園の陵寺)がきっかけとなって、再建されました。落成式の前日の夜、王である正祖は夢の中で一匹の竜が如意珠をくわえて昇天する姿を見て、建てた寺院を竜珠寺と名付けました。非命に死んだ父・思悼王世子の冥福を祈ろうとした仏心と親孝行が合わさった寺院で、仏説父母恩重経板など仏教の孝に関係の史料と遺跡があり、仏教が政治的にも社会的にも抑圧されていた朝鮮時代に建てられたことは歴史的に大きい意味を持っています。大雄宝殿には三尊仏の釈迦牟尼仏、阿弥陀仏、薬師仏を奉安して、後仏幀畫に観世音菩薩像を奉安しています。朝鮮時代(1392~1910)の画家である金弘道(バク・シンヤン主演ドラマ風の絵師)の指揮で描かれたという大雄殿にある後仏画と、梵鍾閣の銅鐘(高麗時代)は傑作と評価されています。また大雄殿の前にある黄楊は樹齢が約200余年も過ぎたもので、天然記念物第264号に指定されています。


5.禮山修德寺
德崇山(德をあがめ尊ぶ山)にある修德寺(德を修める寺)は現存する百済の古刹の一つであり、修徳寺大雄殿は、現存する韓国最古の木造建築物です。創建に関する正確な文献記録は残っていませんが、境内で百済の瓦が発見されたことから、百済時代(威徳王在位時554~597)に創建された寺と考えられています。7世紀の中期に崇濟法師が註釋したり、僧侶惠現が<法華経>を講論したりしました。このお寺の特徴は山の斜面に建物が分散して建てられているという点で、本殿である大雄殿(国宝)や観音菩薩立像など、大小20余りの建物があります。 キレイに装飾が施された韓国独特のお寺で、 建物の周囲にはお釈迦様の人生画が極彩色で描かれています。


6.公州摩谷寺
新羅時代の代王(632∼647)である善徳女王9年(640年)に地蔵律師が公州の泰華山に創建したと伝わっています。新羅時代の普徹和尚が説法の際に、集まった信徒が麻畑に麻が生えたように見えたことから麻谷という名前が付けられました。普照國師、道詵國師が重修した記録があります。大雄宝殿は釈迦牟尼仏を中心に薬師如来仏・阿彌陀仏を、大光宝殿の壁画には水月白衣観世音菩薩像を奉安しています。馬谷寺五重石塔の相輪部分はモンゴル支配期ラマ仏教の影響を受けて風変わりです。


7.金堤金山寺
金堤平野は昔の百済に属する所で、百済が新羅に滅ぼされ、現世に絶望した百済遺民が弥勒信仰のよりどころとしたのがこの金山寺です。百済時代の29代王(599∼600)である法王1年(599年)に創建され、新羅恵恭王2年(766年)に眞表律師が4年にかけて寺を重建しました。眞表律師は33体の鉄彌勒仏像を弥勒殿に安置し、ここを弥勒信仰(法相宗)の根本道場としました。弥勒は未来の仏様で、釈迦の入滅後、56億7,000万年が過ぎた後に現れ、釈迦が救うことの出来なかった衆生を残らず救います。眞表律師が金堤に弥勒信仰を植え付けたのは旧百済の地が持つ痛みのためで、後百済建国を夢見た甄萱が、四番目の息子に王位を譲り、長男の神検にここ金山寺に3年間幽閉され、監視人に酒を飲ませて逃亡した甄萱は高麗王「王健」に自ら投降し、後百済を滅亡させた甄萱に因んだ史料が残っています。



8.長城白羊寺
白羊寺は百済武王33年(632)に如幻禅師が創建して白い岩の由来の白岩山名に因んで白岩寺と名付け、高麗徳宗の時、中延禅師が重創して浄土寺と改称し、朝鮮宣祖の時、喚羊禅師が重建しながら現在の白羊寺に変わりました。喚羊禪師が金剛経を說法中の法會が3日目になる日に白い羊が降りてきて說法を聞き、7日間続く法會が終った日の夜に禪師の夢に白い羊が現れ「私は天上で罪を犯して羊に変わったがお坊さんの說法を聞いて生まれ変り、天國へ行くことになった」とお辭儀をしたそうです。その次の日に岩の下で白い羊が死んでおり、それ以後に寺の名が白羊寺となりました。



9.扶安來蘇寺
百済時代の30代王(600-641)である武王34年(633年)に僧侶恵丘頭陀が蘇來寺を創建し、寺院名は来蘇寺に変わりました。来蘇寺は華麗な丹青が色褪せたり剥げたりして、木材のやさしい感触がそのまま見えて、温かい雰囲気と安らぎを感じさせる寺院です。大雄宝殿は朝鮮仁祖 11年 (1633年)に清旻を作くり, その建築様式が非常に精巧で幻想的なので朝鮮中期寺院建築の代表的作品と言い、中央には阿弥陀仏、左右には脇侍仏の観世音菩薩と大勢至菩薩を、後仏幀画には白衣観音菩薩坐像が奉安されています。


10.高敞禪雲寺
禅雲寺は百済の時代(554-598)の27代の王である威德王24年(577年)に黔丹禅師が創建した寺です。当時は大きな寺でしたが、丁酉再乱(1957年)の際に焼失しました。禅雲寺内には大雄宝殿、万歳楼、霊山殿、冥府殿などの建物があり、兜率庵をはじめとする4つの庵があります。大雄宝殿の三尊仏の後仏壁画には、薬師如来仏には日光菩薩と月光菩薩を、毘盧遮那仏には文珠菩薩と普賢菩薩を、阿弥陀仏には観世音菩薩と大勢至菩薩像を奉安し、観音殿には、幀畫の十一面千手観世音菩薩像を奉安しています。禪雲寺韓国一の地増菩薩聖地と言われ、他にも僧侶らの舎利を集めた浮屠や、兜率庵の真興窟と高さ17メートルの巨大な磨崖仏(黔丹禅師が修道中に記録した本を磨崖仏像の臍に入れた)も見所のひとつです。


11.海南大興寺
大興寺(テフンサ)は韓国の最南端にそびえている頭崙山(トゥリュンサン)にあり、426年新羅の僧侶浄観が創建した挽日庵と言う説と、真興王 5年(544)に阿道が創建したと言う説もありますが、確認は出来ないです。頭輪山は大芚山(テドゥンサン)とも呼ばれていたため、当初この寺院も大芚寺と名付けられたが、近代に入って大興寺に改められました。大雄宝殿の甘露幀畫に阿弥陀三尊仏の観世音菩薩を奉安し、聖宝博物館には草依禅師の十一面四十臂観音菩薩図を奉安しています。


12.順天松廣寺
仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺と並ぶ僧宝寺刹として韓国三宝寺刹の一つである松廣寺。三宝とは仏教で貴いとされる仏宝、法宝、僧宝の三種の宝物をいいますが、このうち松広寺は僧宝を持つ寺刹です。僧宝というのは釈迦の教えを習って修行する弟子のことを指し、この寺が僧宝寺刹と言われる理由は、この寺が高僧を多く輩出したことによります。高麗時代を代表する高僧といえば王子出身の大覚国師義天と普照国師知訥が挙げられます。ここ松広寺を建立した普照国師知訥は、高麗仏教の祖で、現在の韓国仏教の教祖としてなっている人物です。 松広寺には、知訥、真覚などこの寺で排出された16人の高僧の肖像画を奉安しています。  隣接の博物館には、高麗高宗の制書、高麗時代に作成した奴隷文書、涅槃経(宝物第90号)、朝鮮末期の実験者大院君の蘭の掛け軸、朝鮮の名筆の秋史金正喜の書、朝鮮王朝第二一代英祖大王の御筆など多くの文化財が展示されている。


13.麗水向日庵
義慈王4年(644)に元暁大師が圓通庵として創建した向日岩は'日を向いた庵'という意味で、向日岩は韓国4大観音聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵、麗水向日庵)の一つです。向日庵は海に泳いでいく金亀の背中に乗った地形になっています。大雄殿には釈迦牟尼仏を左右には脇侍仏の観世音菩薩像と地蔵菩薩像を奉安し、観音殿に観音菩薩像と観音幀畫を奉安しています。観音殿の隣には石造観音菩薩立像と童子像があります。向日庵は金鰲山の奇岩絶壁の間に鬱蒼たる椿と南海の水平線から浮き出る日出が絶景で全国の各地から多くの観光客が訪れる名所で、元暁大師が修道した観音殿の前で眺める海の景色も綺麗です。


14.南海菩提庵
683年(新羅31代王、神文王 3)に元曉が草庵を創建し、修道しながら観世音菩薩を親見した後に山の名前を普光山,草庵の名前を普光寺だと名をつけました。海水観音像、普光殿に観音三尊仏を奉安し、極楽殿の中央には阿弥陀仏を左右には脇侍仏の観世音菩薩像と大勢至菩薩像を奉安しています。朝鮮時代には李成桂がこちらで百日祈祷をして朝鮮王朝を開いたことに感謝する意味で山の名前を金山, お寺の名前を菩提庵だと変えました。洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺と一緒に韓国 3大観世音菩薩聖地の一つです。インドから持って来た、大きい竹切れを背景に座っている香木観世音菩薩像があります。菩提庵は心を込めて祈りを捧げれば、一つの願いは必ず聞き届けてくれるというので、大勢の人が祈願成就を祈るために菩提庵を訪れています。


15.河東双渓寺
珍島のほぼ中心部にある尖察山(チョムチャルサン、標高485m)を北にして、両脇に渓谷が流れる場所に位置している双渓寺(サンゲサ)は、新羅時代の聖徳王21年目(722年)に大悲和尚と三法和尚が中国の唐王朝の僧侶である六祖慧能の肖像を持って帰国し"智異山の雪の渓谷に葛の花の咲いている場所に奉安しなさい"と夢で告げされ、虎の引導でここを見つけて寺を建て、その後、舎利を奉安して玉泉寺(オクチョンサ)が重建されました。金大簾が唐から茶の種を持ち帰り、ここ智異山の周辺に植えはじめ、真鑑国師(チンガムグクサ)が双渓寺と花開近所に茶畑を造成, 普及し、玉泉寺を大きく増築しました。王はその働きぶりを称え、増築した寺に「双渓寺」という名を賜ったそうです。


16.求禮華嚴寺
韓国5大寺院(陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺、釜山梵魚寺)の一つで、百済26代王(523-554)聖王22年( 544年)にインドの緣起尊者が大雄常寂光殿と海會堂建てて華儼寺創建しました。この地は文殊菩薩がいつも説法する地で、名前も大智文殊師利菩薩の名前を選んで智利山にし、梵僧である緣起尊者が華厳経を説した所なので、華儼寺と言い、そして 智利山 華厳寺になりました。百済法王(599年)の時には 3千人の僧がいて印度的な華厳思想が百済地にきらめき輝いていました。新羅時代の27代王(632~647)である善德女王14年(645)に慈蔵律師が真身舍利 73果を仕えて4獅子 3階舍利石塔と供養塔を立て、元曉聖師は海會堂で新羅の花郎道達に華厳思想を教えて三国統一成して、義湘祖師は 2階4面7軒の四方の石壁に華厳経を刻んで黃金丈六佛像を仕えて丈六殿の法堂と石燈を造成し、精神的三国統一と華厳聖地にしました。


17.陜川海印寺
海印寺は韓国三宝寺院(仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺、僧宝寺刹の松廣寺)の一つで、仏教の経典を8万枚の板に刻んだ八万大蔵経が保管されていることで有名です。 八万大蔵経は、蒙古の侵略に対して国難克服を祈願する意味で、高麗23年(1236年)から16年 という長い歳月をかけて作り上げられたものです。版木には、南海と巨済地方でとれたホオノキを3年間海水に漬けた後、陰干ししたものが使われています。横68㎝、縦24.5㎝、厚さ3㎝の大きさの板の両端に木をはめて版木の均衡を取り、漆を塗って腐食を防いでいます。


18.釜山梵魚寺
韓仏教曹渓宗第 14 校具本社である禅刹大本山金井山の梵魚寺は、一千年以上の歴史を持っている古刹の陜川海印寺、梁山通度寺、順天松広寺、九禮華嚴寺とともに韓国5大寺刹の一つです。1300年前の新羅文武王18年(678)に高僧の義湘大師により創建され、文禄の役で焼失し、1602年に再建されて今に至ります。金井山梵魚寺の由来は、金井山の尾根に井戸があって水の色が金色なので「金井」、金色の魚が五色の雲に乗って天からおりてきて「天の魚(梵魚)」という名前が付けられたそうです。


19.梁山通度寺
通度寺は釈迦の真身舍利を奉る名刹で、韓国三宝寺院(仏宝寺刹の通度寺、法宝寺刹の海印寺、僧宝寺刹の松廣寺)の一つながら、仏の真身舍利がある5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五臺山上院寺、獅子山法興寺)の一つです。寺院の記録によると、通道寺と呼ばれたのは、この寺が位置した山の姿がお釈迦さまの説法を施したインド霊鷲山の姿と通じている事と真理を会通して衆生を導く意味で通度寺と命名したといわれています。 唐の国から慈蔵律師が釈迦如来真身舍利(釈迦の遺骨)を奉って来て、善徳女王12年(643年)に創建されました。国内寺院の中でも珍しく、通度寺の大雄殿には仏像を奉安せず、建物の裏に金剛戒壇を設置して仏の真身舎利を奉安しています。金剛のように堅くて貴重な規範という意味の金剛戒壇には通度寺創建の根本精神がおさめられた聖地であり、中央に鐘の形の石造物を設置して、仏舎利を奉安しています。  


20.慶州仏国寺
佛国寺は吐含山南西麓に建立された寺刹で、751年金大城により着工し、金大城の死後も国家により事業が 引き継がれ、774年に堂宇を完成しました。仏国寺と石窟庵は、この二ヶ所を見ずには新羅芸術、または韓国文化を論じる事は出来ないと言われるほど昔から広く知られた優秀な文化財です。仏国寺は新羅人がこの世に造り出した仏の国で、3つの世界を仏国寺に造ろうとしました。3つの世界は1.悟りの世界、2.極楽の世界(苦しみがなく、誰もが安らぎを感じる極楽世界)、3.蓮華蔵世界(発願と修行によって清められた広大無辺の世界を意味する)です。


21.慶州祇林寺
新羅27代善徳女王12年(643)に光有が林井寺として創建し、元曉が拡張、重修して祇林寺に改称しました。朝鮮王朝時代の三十一大本山の一つとされた古刹ながら、新羅から現在まで続く数少ない寺です。天王門の中には仏法を守護する役目を持つ四天王(持国天、増長天、広目天、多聞天)がいます。


22.永川銀海寺
新羅王朝第41代王の憲徳王1年(809年)に恵哲国師が海眼坪に創建した寺院で、海眼寺から朝鮮12代の王である仁宗の胎室を封じて銀海寺の歴史は始まっています。 仏、菩薩、羅漢の姿が銀色の海が波打つ極楽浄土のようだとして銀海寺と名付けられました。大雄殿に、阿弥陀仏の脇侍仏で観世音菩薩像と大勢至菩薩像を奉安しています。境内には大雄殿、宝華楼など10数棟の堂宇が並んでいます。名筆の秋史金正喜が書いた懸版、居祖庵は本来銀海寺の本寺で、 素朴で簡潔に建てられた木造建物で、内部に500羅漢が祭られている霊山殿、尼僧の庵で華麗で躍動感の溢れる大坐須弥壇がある百興庵、金将軍が修道しながら飲んだと言われる将軍水、青銅普薩坐像が祭られた雲浮庵、散歩路にふさわしい寄寄庵があります。


23.大邱桐華寺
由緒深い新羅古刹の桐華寺は, 493年に極達和尚によって創建され、 朝鮮時代の再建の時、 白い雪が降る寒い冬に桐の木が紫色の花を咲かせたという伝説から桐華寺と称された。人々は鳳凰が卵を抱いているような地形の桐華寺から多くの人才が輩出されるということを真冬の桐の花が知らせてくれたのではないかと解釈しました。
鳳凰に対する信仰は境内のあちこちに残って、一柱門は他の寺院と違って、鳳凰門で、大雄殿の前には 鳳凰を象徴する鳳棲楼があり、下をのぞくと、鳳凰の尾にあたる岩が見えます。大雄殿の天井には3匹の竜と6匹の鳳凰が彫刻され、真心を込めてご祈祷を捧げれば、鳳凰が羽を広げて飛び立つように極楽の世界に行けるそうです。
大雄殿は朝鮮王朝の英祖代にたてられ、 内部には釈迦牟尼仏、阿弥陀仏、薬師如来仏を奉安して、仏像は朝鮮時代の儒学者を象徴したといわれています。東には、端雅に均衡のとれた統一新羅時代の作品である金堂庵3層石塔2基が向い合っています。周囲には、毘盧庵、念仏庵、浮屠庵、養真庵、内院庵などがあります。世界最大の石仏である統一大仏(高さ33m) もあります。



24.金泉直指寺
黄岳山に位置する直指寺は、418年に高句麗の僧侶、阿度和尚が仏法を伝えるために新羅に向かう道中に創建した寺院で、1600年の歴史を誇り、建物が250余りに2千5百人以上の僧侶がいたというほどの東国第一伽藍としての大伽藍でした。
寺の名前の由来は高麗初期の高僧・能如禅師が寺を建て直す時、寺刹跡地を測量するのに物差しを使わないで手で測ったからだという説と不立文字、直指人心、見性成仏(文字に依存せず、すべての人が持っている眞の心、すなわち仏性をきちんと悟り明らかにすれば仏になる)という禅宗の教えに由来した道場だと言う説があります。 
大雄殿には釈迦牟尼仏を中心に薬師如来と阿彌陀仏の三尊仏が安置され、その後には霊山会上図・薬師仏会図・阿彌陀仏図のの後仏幀画が架けられ、壁面には文殊・普賢・騎龍観音菩薩像などの美しい彩色の壁画が描かれています。



25.報恩法住寺
新羅の眞興王14年(553年)に義信祖師がインドから経典をえて帰国して俗離山(人々の住んでいるところ即ち、俗世界を離れていることを意味)に創建しました。寺の名前は『お釈迦様の法が留まる』という意味を持っており、創建以来、数回の重建と重修をしました。
建立当時は金堂が龍華寶殿で殿閣内には金色の弥勒丈六像を奉安し、弥勒菩薩が天から下ってきて衆生を救うと信じる弥勒下生の道場としての役割を果たしてきました。高麗時代から王室と密接な関係を保ち、大覺國師・義天の弟である道生僧統が住持を請け負うなど、法相宗の舎刹としての位置を固めて法相宗の本山になり、朝鮮時代後期も王室と密接な関係は続き、寺の中には王室の願堂である宣禧宮願堂が残っています。近来へ入ってからまた金銅弥勒大仏を造成して、再び弥勒信仰の中心地を表象しています。
墜來岩に彫られた磨崖如来像、極楽浄土の蓮池を象徴したという石蓮池、双獅子石燈、四天王石燈、思悼世子の母である映嬪李氏の位牌を祀った宣禧宮願堂、十六羅漢を祀った能仁殿、自分の体を燃やして釈迦に供養した喜経菩薩像、そして米80俵は十分に収まる石槽と鉄釜等見所が多いです。


26.義城孤雲寺
新羅時代の僧侶、義湘和尚が高雲寺として創建した寺院で、新羅時代末期、仏教と儒教、道教など、あらゆる宗教に通じ、神仙になったと伝えられる崔致遠(新羅時代の学者)が如智・如事、二人の高僧とともに駕雲楼と羽化楼を建立し、寺院の名を崔致遠の号である孤雲に因んで「孤雲寺」に改めました。  崔致遠は二人の僧侶の助けを借りて、渓谷を横切る駕雲橋を架け、駕雲楼と羽化楼を建て、建物で悟りを得るために修行したそうです。その横に立っている崔致遠建てた雨花樓の壁には、大きな虎が描かれ、見る方向によってその姿が変わる傑作です。大雄宝殿には釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩を奉安し、極楽殿には阿弥陀仏の左右に観世音菩薩像、大勢至菩薩像を奉安しています。孤雲寺深くにある冥府殿には閻魔10王が仕えられ、霊験ある祈祷処で知られて多くの人々が出入りしています。


27.三陟新興寺
652年(新羅真徳女王6年)に慈蔵律師が創建した香城寺がその始まりで、9層舎利塔を建てたといわれる。 698年、火災で焼失したが、701年に義湘和尚が禅定寺という名で修復し、朝鮮時代中期の1644年(仁祖22年)に焼失するまで、仏法を伝えてきました。その後の1644年(仁祖22年)に霊瑞、恵元、蓮玉の3人僧侶が再度寺を建て、名前を神興寺としました。修復の際、3人とも同じ夢を見、夢に現れた白髮の仙人が,今の新興寺の場所を数万年にわたり3災がない神聖な地域であると話したことから神興寺と名付けられたとされています。極楽殿には阿弥陀三尊仏の脇侍菩薩に、観世音菩薩像と大勢至菩薩像を奉安しています。現在まで伝わっている極楽宝殿の仏像は7世紀の修復当時に奉安されたもので、その他、さまざまな遺跡と史料が残っています。朝鮮時代後期には王の純祖が梵鍾と青銅の蒸籠を賜ったほど大きな寺院でした。新興寺の入口に高さが58尺の東洋最大規模の青銅釈迦如来像が造成されています。


28.襄陽洛山寺
関東八景の一つである洛山寺は1300年の歴史を持つ寺院で、新羅時代から観世音菩薩がいつもとどまる観音聖地として有名です。観世音菩薩は衆生の声を聞き、さまざまな姿でこの世に現われ、苦しむ人々を救う菩薩です。 洛山寺は新羅時代(BC57-AD935)の30代王である文武王(661-681)11年(671)に義湘大師(625-702)が創建した寺刹で、中国・唐での留学を終え帰国した義湘が勤行中、観世音菩薩が現われ菩薩が教えてくれたところに法堂を建て、名前を洛山寺と名づけたと言われています。洛山は観世音菩薩がいつもとどまると知られた所で、寺の中には世祖(7代王1455~1468)の時また立てた七重石塔, 睿宗(朝鮮8代王, 1450~1469)がお父さん世祖を称えて洛山寺に布施した銅鐘、円通宝殿、虹霓門などの文化財があります。


29.平昌月精寺
月精寺は、新羅時代の宣徳王(在位780−785)14年に(643年)に地蔵律師(590−658)が創建したと伝えられる。五台山は慈蔵律師が知恵の象徴である文殊菩薩がとどまっている山と説いて以来、仏教の聖地と信じられ、古くから5万菩薩がとどまっている山として神聖視されてきました。東台満月山観音庵には1万の観音菩薩、西台長嶺山弥陀庵には1万の大勢至菩薩、南台麒麟山地蔵庵には1万の地蔵菩薩、北台象王山羅漢堂には5百羅漢、中台地炉山真如院には1万の文殊菩薩がとどまって説法をしていると言われている。無量寿殿には阿弥陀仏と脇侍菩薩、聖宝博物館には六手観音像を奉安しています。高麗時代の仏教文化を見られる聖宝博物館、花崗岩で丸く彫られた蓮花座台に座して左膝を立てて祈る石像菩薩座像、高さは15.2mで多角多層塔の中ではもっとも高い舎利塔とも呼ばれる八角9階石塔がくぁります。現在、月精寺には韓国の5大寂滅宝宮の一つである五台山の寂滅宝宮、そして、文殊菩薩の聖地である上院寺などの仏教聖地を巡るついでに立ち寄る人が多いです。


30.寧越法興寺
お釈迦様の眞身舍利を奉安した、韓国5大寂滅宝宮(靈鷲山通度寺、雪嶽山鳳頂庵石、太白山淨巖寺、五台山中台庵、獅子山法興寺)の一つで、新羅の真徳王647年頃に慈蔵律師によって興寧寺として創建され獅子山寺→獅子山寂滅寶宮と改称しました。法興寺の寂滅寶宮の裏山にお釈迦様の眞身舍利を奉安し、舍利搭の横には慈蔵律師が修道した土窟があります。


31.原州亀竜寺
亀竜寺は新羅時代の30代おうである文武王8年(668年)義湘大師が九龍寺として創建しました。九龍寺が建っている場所は9匹の竜が生きた池という伝説が伝えられており、その池を埋めて寺を建てたことから九龍寺と呼ばれ、朝鮮時代に寺の入り口の亀模様の岩の影響で九の字から亀の字に代わり亀竜寺と呼ばれるようになりました。大雄殿は朝鮮時代の基本的建築様式である木彫建物で、多包家様式で作られ、釘を全然使わないで作られました。亀竜寺には長い歴史に見合う多くの文化財が残っている。大雄殿、普光殿、九竜寺の三蔵肖像画と腹蔵遺物、竜茶寺銅鐘は江原道有形文化財に指定され、保護されています。


32.驪州神勒寺
新羅時代の眞平王の時に元暁大師により創建されたお寺で、元曉大師の夢にある老人が現われて池を指し、池を埋めて寺を建てようと思いましたが、上手く行かず、7日祈祷を終えると9頭の竜が昇天し、遂に寺を造ることができたそうです。後日朝鮮王朝(1472年)、近くにある世宗大王の英陵の陵寺となりました。驪州の8つの自慢の一つが神勒暮鍾で、日が暮れる頃の神勒寺の境内に鳴り響く神勒暮鍾の音は神秘的で、現世の仏の国のように感じるそうです。。  神勒寺は韓国の寺院では唯一川岸にあり、極楽宝殿からの眺めが綺麗で、儒教を重んじていた朝鮮時代の文人の金炳翊も「儒学者とは言え、神勒寺の美しさをどうして無視することができるだろうか」と称賛しました。また、真景山水に長けていた朝鮮時代の文人、鄭遂栄も川と塔が見える神勒寺の風景を自分の画帖である『漢、臨江名勝図巻』に収めました。観音殿極楽宝殿に阿弥陀三尊物の脇侍仏として、観世音菩薩像を奉安しています。また、高麗時代唯一の多層塼塔も見所です。


33.江華普門寺
韓国の三大観音聖地(洛山寺紅蓮庵, 江華普門寺、南海菩提庵)の中の一つである普門寺は善徳女王4年(635年)に金剛山での修行を終えて帰ってきた懷正大師が創建し、山の形がインド南端の海岸にある観音が住む八角形の山の普陀落山に似ていたので、山は洛伽山、寺は普門寺と名付けました。洛伽は観音菩薩が住む山の名前で、普門は衆生を救うために33の姿に変化する観世音菩薩を表す言葉です。お寺を創建して14年後に、新羅時代にある漁夫が釣りをしていた時、網にかかった仏像と羅漢像22具を夢の通りにお寺の右側にある石窟に奉安したところ、金持ちになったという伝説が伝えられています。それからは石窟に祈祷すれば奇跡が成就されるので、多くの信徒達が此処を訪れています。天然の洞窟を用い、入り口には三個の虹型の門を持つ洞窟寺院で、洞窟内は厨子を設置し、釈迦牟尼仏をはじめとする弥勒、菩薩と羅漢像が安置されています。大雄殿は脇侍仏で観世音菩薩像を奉安し、大雄殿裏の422階段の上の岩壁には大きな磨崖観音坐像を奉安しています。




出発曜日

月 / 火 / 水(出発!) / 木 / 金 / 土 / 日
[OP江華傳燈寺テンプル・ステイ土曜日参加者のため、水曜日出発です!]


1日目
日程 仁川・金浦入国(担当ガイドが到着出口にお迎いに伺います。) 空港→①ソウル道詵寺→②ソウル奉恩寺→③ソウル曹溪寺→宿泊ホテル
※予定時間:14:00~22:00
宿泊ホテル ホテルJE.S、Greenpia観光ホテルの中で、個人指定は出来ません。
食事 夕食(家庭食)
2日目
日程 ホテル→④華城龍珠寺→⑤禮山修德寺→⑥公州摩谷寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 金泉パークホテル
食事 Hansung朝食×、昼食(野菜料理家庭食)、夕食(豚餅ガルビ1人前)
3日目
日程 ホテル→⑦金堤金山寺→⑧長城白羊寺→⑨扶安來蘇寺→⑩高敞禪雲寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル

ユソン館(伝統韓屋旅館)、海南観光ホテル、海南温泉観光ランドの中で、個人指定は出来ません。

食事 朝食×、昼食(イシモチ焼き)、夕食(海鮮鍋)
4日目
日程 ホテル→⑪海南大興寺→⑫順天松廣寺→⑬麗水向日庵→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 南海スポツパークホテル、ファジョンホテルの中で、個人指定は出来ません。
食事 朝食×、昼食(全州式定食)、夕食(海鮮味噌鍋、マッコリ酒)
5日目
日程 ホテル→⑭南海菩提庵→⑮河東雙鷄寺→⑯求禮華嚴寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 海印寺観光ホテル
食事 朝食×、昼食(キノコ鍋)、夕食(山菜定食)
6日目
日程 ホテル→⑰陜川海印寺→⑱釜山梵魚寺→⑲梁山通度寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 羅宮(韓屋)、スイトホテル慶州、慶州パーク観光ホテル、慶州ヒルトンホテルの中で、個人指定は出来ません。
食事 朝食×、昼食(釜山名物お好み焼き、マッコリ)、夕食(豆腐鍋)
7日目
日程 ホテル→⑳慶州仏国寺→21慶州祇林寺→22永川銀海寺→23大邱桐華寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 金泉パークホテル
食事 朝食×、昼食(サムバプ家庭食)、夕食(タットリタン鶏肉)
8日目
日程 ホテル→24金泉直指寺→25報恩法住寺→26義城孤雲寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル 三陟.palaceホテル
食事 朝食×、昼食(山菜定食)、夕食(田舎定食)
9日目
日程 ホテル→27三陟新興寺→28襄陽洛山寺→29平昌月精寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル Phoenixparkホテル
食事 朝食×、昼食(スン豆腐鍋)、夕食(棒鱈焼き)
10日目
日程 ホテル→30寧越法興寺→31原州龜龍寺→32驪州神勒寺→宿泊ホテル
※予定時間:07:00~22:00
宿泊ホテル ソウルホテル(イビスアンバサダー明洞、パシフィック、サボイ、ベストウェスタンプレミアホテル国都、ロッテホテル蚕室、シェラトングランデウォーカーヒルの中で、個人指定は出来ません。)
食事 朝食×、昼食(グッバプ)、夕食(釜飯定食)
11日目
日程 ホテル→33江華普門寺→お土産(ショッピング)→仁川・金浦出国
※予定時間:08:00~16:00
食事 朝食×、昼食(ウナギ焼き定食)
OP
11日目

OP江華傳燈寺テンプル・ステイについて
・江華傳燈寺テンプル・ステイ1泊延長のご希望の方は11泊12日の日程に変わります。
・11日目に江華普門寺観覧後、傳燈寺テンプル・ステイ参加になります。
・江華傳燈寺テンプル・ステイ追加料金はお一人様当たり¥16,000になります。
※テンプル・ステイ参加者のご注意事項&準備物
1.個人行動はしないようにお願いします。
2.默言するようにお願いします。
3.道場(仏道を修めるお寺一帯)で僧と参加者同士が会う度に挨拶(合掌拝礼)します。
4.道場(仏道を修めるお寺一帯)を歩く時はいつも両手を合わせて歩きます。
5.礼仏/供養(食事)には必ずご参加してください。
6.道場(仏道を修めるお寺一帯)では禁煙・禁酒してください。
7.個人準備物(歯ブラシ、タオル、楽な服装、楽な運動靴、靴下)は個人的に用意してください。
8.追加で準備したら楽な物(天気予報によって傘、洗面の時だけ履けるサンダル、メモ紙とペン、髪結ぶ紐)。

日程

ホテル→33江華普門寺→傳燈寺テンプル・ステイ参加(13時30分~21時)→そのまま宿泊
江華傳燈寺テンプル・ステイ1日目の日程
14:00 お寺到着
14:00-15:00 受付、部屋割り
15:00-16:00 習儀(儀式を先に習う)
16:00-16:30 お寺観覧
16:30-18:00 寫佛・寫經
18:00-19:00 夕食
19:00-19:30 礼仏
19:30-21:00 參禪・冥想
21:00-04:00 睡眠
※予定時間:07:00~

宿泊ホテル 傳燈寺
食事 朝食×、昼食(ウナギ焼き定食)、夕食(お寺)
OP
12日目
日程 江華傳燈寺テンプル・ステイ2日目の日程
04:00-04:30  洗面
04:30-06:00  礼仏/108拝・參禪
06:00-06:30  食事習儀(儀式を先に習う)
06:30-07:30  朝食
07:30-08:00  掃除(雲力)
08:00-09:30  散策冥想
09:30-10:00  休憩
10:00-11:30  茶道/談笑
11:00-12:30  昼食
12:30-13:00  掃除・感想文
13:00-14:00  お寺出発
江華傳燈寺テンプル・ステイ参加(02時40分~11時30分)終了後→お土産(ショッピング)→仁川・金浦出国
※予定時間:~16:00
食事 朝食(お寺)、昼食(お寺)
旅行代金詳細・オプション詳細

ツアー料金に含まれるもの:10泊宿泊ホテル、昼食10回、夕食10回、往復バス料金、日本語ガイド、観光地入場料。
注意事項:
1.ツアー料金: 7名以上319,000、4~6名339,000、1~3名359,000
2.旅行代金 1人当り料金(大人・子供同額)
3.本ツアーは最少人数3名で、最終2名で出発になった場合は一人当たり¥50,000の追加料金がかかります。
4.一人1部屋ご希望者は10泊分の¥80,000追加になります。
5.本ツアーは他のお客様との混乗車ツアーとなります。
6.食事は地元の一番美味しい食堂を手配しておりますが、当日の交通関係でメニューと食堂の可能性もございますので、ご了承くださいませ。
7.ツアー当日の予約・交通状況によりコース順が多少異なる場合もございます。
8.ツアー中の天災地変、個人的事故、紛失等につきましては弊社では責任を負いかねます。
9.荷物はできるだけ簡単にお願い、歩きやすい靴でご参加ください。

キャンセル・返金について

ツアーキャンセル規定:
1.一週間前よりキャンセルチャージがかかります。(代金の30%)
2.前日キャンセルはツアー代金の50%
3.前日午後5時以降のキャンセル&無連絡はツアー代金の100%をお支払い頂きます。




所要時間
10泊11日
交通手段
バス
出発日時
毎週「水曜日」
主催会社
李’sファミリー(株)
集合場所
仁川・金浦空港お迎え

一般ツアー
 3名以下 359,000 円 359,000 円
 4名以上 339,000 円 339,000 円
 7名以上 319,000 円 319,000 円
専用車貸切ツアー
0 円
0 円
0 円
0 円

人数
大人 男 大人 女
小学生 幼兒
一般ツアー
* 専用車貸切ツアーご希望者はチェックして下さい。
合計金額



     
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