済州3大世界自然遺産
万丈窟韓国の自然遺産の中で初めて世界自然遺産に済州の漢拏山国立公園、城山日出峯、万丈窟を含む拒文岳溶岩洞窟系が2007年6月に登録されました。済州旅行の代表的な名所である万丈窟は総延長 13,422mにもなる世界で一番長い熔岩洞窟です。 幅 2~23m、天井の高さは2~30mです。1977~1986年まで日韓合同調査が実施されました。済州には火山熔岩の沈下運動によって生成された天然洞窟は多いですが、万丈窟もその中の一つで石柱・鐘乳石などが地下宮殿のように壮観で、洞窟内部の規模は世界的に有名な洞窟です。洞窟が同じ方向に二重、三重に発達したことも万丈窟の地形的特徴です。暑すぎず、寒すぎない16~17度を常に維持し、コウモリやむかで・くも・ダニ・ざりがになどの洞窟生物が生息していて、藍藻類や青海苔の植物もみることができます。
城山日出峰韓国の自然遺産の中で初めて世界自然遺産に済州の漢拏山国立公園、城山日出峯、万丈窟を含む拒文岳溶岩洞窟系が2007年6月に登録されました。海抜182mの城山日出峰は10万年前、海底噴火によってできた火山だそうです。 城山日出峰は、済州道の東側の一番端にそびえ立つ大きな岩の塊で、日出峰頂上には巨大な噴火口があります。噴火口は直径600m、高さが90mで、面積が8万坪にもなり、大きな王冠を連想させる99個の鋭い岩が、噴火口の周りをぐるりと囲んでいます。 東・南・北側は絶壁で、西北面だけに芝が稜線状となり生えていて、それが城山村まで続いています。西北面は散策路としても造成されていて、そこでは乗馬が出来るようになっています。
漢拏山(ハルラサン)国立公園 韓国の自然遺産の中で初めて世界自然遺産に済州の漢拏山国立公園、城山日出峯、万丈窟を含む拒文岳溶岩洞窟系が2007年6月に登録されました。漢拏山は海抜1,950mの済州道の中央にある休火山で、韓国で最も高い山です。山が高く、山頂に立てば天の川を引っぱることができるという言葉があり、昔から神仙が住んでいるということで「瀛州山(ヨンジュサン)」とも呼ばれたり,金剛山•智異山を合わせ韓國の「三神山」の一つとして崇められてきました。漢拏山は温帯から寒帯気候帯まで、植物の垂直生態系を保っているところとして有名です。1,800種類の植物と4,000種類の動物(昆虫類3,300種)が生息し生態系を形成しており、学術的な価値がとても高い宝庫として、1966年天然記念物第182号に指定、保護され、さらに1970年に国立公園に指定されました。 新生帶第4期の若い火山島である漢拏山は今から25,000年前まで噴火活動が行われ,周圍には大小368個の寄生火山である「オルム(岳)」が分布しており,特異な景観をなしています。.漢拏山の秘境としては雪に覆われた「白鹿潭」,「王冠陵」の威厳,渓谷奧深くに隠された滝,「雪門臺お祖母さん」と「五百羅漢」の伝説のある「霊室奇岩」などがあります。
済州ベスト観光名所
| 正房爆布 |
柱状節理 |
藥泉寺 |
中文海水浴場 |
| 山房山全景(山房窟寺) |
城邑民俗村 |
トケビ(お化け)道路 |
東門(トンムン)市場 |
|
正房爆布正房瀑布は天地淵瀑布、天帝淵瀑布とともに済州島の 3大滝の一つで、韓国に唯一の「水が海に直接落ちる滝」です。昔の中国錦西皇帝の命令で不老草を探しに来た徐福という人が、不老草をなかなか探せず西に帰る途中、正房瀑布の美しさに魅了され正房瀑布絶壁に「徐不過此」という字を刻んだと言います。ここから見る西帰浦の夜景も絶景です。
柱状節理地表を流れた高温の溶岩が冷却するときに上面では空気と接して、下面では地面と接しています。それぞれの表面で冷やされて、収縮割れ目(ちぢんでできる割れ目)ができますが、内部はまだ温度が高いので,冷えた表面から中心部に割れ目が進んでいきます。その割れ目のことを「節理」というのです。そしてさらに、その節理が柱状になったものを「柱状節理」と言うわけです! ここの節理はあまりの綺麗な六角形で、訪れた人がみな感嘆する場所です。神が作り上げたとしか考えられないように精巧に作られ、幾重にも重なった赤黒い石柱が屏風のようにならんでいます。
藥泉寺大韓仏教済州島の極楽道場です。1960年キム・ヒョンゴンという学者が心病治療のために小さい洞窟で100日間観音祈祷を捧げていました。そのとき、夢の中で薬水を受けて飲んだあと、たちまち病が治り、その後は寺院を建てて布教に専念したと伝わる寺院です。寺院の名前は、春から秋まで水が湧く泉水と四季を通し流れる薬水がある池のため「薬泉寺」と付けられました。東洋最大の規模を誇る「大寂光殿」が立てられて有名になり、寺院には朝鮮時代の主君である文宗と顯德王后、英親王、李方子女史など 4人の位牌も祭られています。
中文海水浴場 「シュリ」のラストに、二人の主人公が海の見える丘のベンチに座って話しているシーンの撮影が行われたのが、済州道の中文海水浴場です。 今では「シュリの丘」と呼ばれるほど有名になり、多くのファンがここを訪れます。 中文観光海水浴場は、総合リゾートの中文観光団地の中にあり、2005年、全国で最も優秀な海水浴場として選ばれました。中文海水浴場の特徴は、海岸端の砂丘と砂の独特な色で、砂丘は傾斜が急で、砂の色はよ~くみると、黒、白、赤、灰色が混じっていて青い空と海の景色が旅行の疲れを癒してくれます。
山房山(山房窟寺)漢拏山の白鹿潭にあった峰が、引き抜かれ投げられてできたという伝説の伝わる「山房山(395m)」は、済州の他の山とは違って噴火口がありません。高さ5mの西南側絶壁にある岩洞窟は、本来は山房窟ですが中に仏像を安置してあるため、寺院と呼んでいます。洞窟の中には海岸線に沿って馬羅島と竜頭海岸の姿を見ることができます。また洞窟の天井には、一年を通して水滴が落ちており、洞窟の中に溜まっていくのを見ることが出来ます。 山房山の岩壁を守る女神 ‘山房徳’が流す愛の涙という伝説があります。 山房山の断崖の上の植物地帯は、天然記念物に指定されていて、済州で唯一「アサマツゲ」が自生している場所です。
城邑民俗村漢拏山の麓にある城邑村は、済州島の伝統が生きている民俗村です。多くの文化遺産があるところで、昔の村の姿が維持されている民俗村として、指定・保護されています。ここには民家・郷校・昔の官公署・トルハルバン(石のおじいさん)・数百年になるケヤキ・臼・城址・碑などの有形文化遺産と、民謡・民俗遊び・郷土料理・民間工芸・方言などの無形文化遺産が、今も褪せること無く受け継がれています。
トケビ(お化け)道路 通称「お化け道路」、名前の通りにお化けが出て、事故の多い道…というわけではありません。 ここは、測量をすると傾斜3度ほどの下り坂ですが、周辺の地形のために上り坂に見える、という神秘の道なんです。 世界でもなかなか体験することの出来ないこの現象、韓国旅行で体験してみませんか? 缶ジュースなど転がせるものを持参すれば、上り坂を自力でどんどん上がる缶ジュース、止めておいたはずの車が坂の上へ上がっていることに出会えるはずです!
東門(トンムン)市場済州市内の庶民の台所「東門市場(トンムン シジャン)」は済州島で一番歴史のある市場で、農・水産物から衣料品、食料品に至るまであらゆるものが売られている総合市場です。済州島特産のカルチ(太刀魚)やオクトム(アマダイ)、ミカンなどと常に活気溢れる天幕の軒を連ねる商店(新鮮な野菜、果物、おかず、キムチなどのお土産)は済州観光で欠かせない庶民生活体験場になります。
済州ベスト夜景
| 沙羅峰 |
竜頭岩 |
ドドゥ海岸道路 |
山地川 |
龍淵橋(龍淵雲橋) |
沙羅峰沙羅峰は高さ184Mで、済州市が一目で見られる所で、済州夜景としては一番有名な所です。沙羅峰からの眺めは北には広々した海辺が, 南には韓国一の高さの漢拏山が、足下には済州市の町竝みと周辺の多様な村が絵のように, 特に夕陽で海を染める光景は紗峰落照と言われ済州十景の一つに指降ります。山全体が済州市民のための体育公園(沙羅峯公園)で造成されているし, 市民たちが森林浴コースでもたくさん利用されています。頂上には望洋亭という八角亭、その他、烽火台、沙羅寺、済州最初の有人灯台がある.
ドドゥ海岸道路済州島の海岸道路の中でも景色が一番綺麗で、ドライブコースで人気!海辺の綺麗な景色と建物の光の色の演奏は済州で夜景を楽しみたい方にお勧めします。
竜頭岩 竜頭岩は済州道観光のシンボルのように有名な場所で、観光客が絶えない所の1つです。名前の通り、龍が頭をあげて大きな口を開け吠えているようなかたちをしています。特にこれを、海が荒れた日に見ると今にも天に向かって龍が昇るようにみえる感じがします。高さ10メートル、海に沈んでいる部分が30メートル、この岩を夕日の中で見ると、実際に動いているような錯覚になるほどにリアルな龍の頭!まるで天地開闢がなされるような、または神の怒りのため竜がうなり声をあげながら海から飛び出すような神秘的な感じがします。
龍淵橋昔の貴族達が舟遊びしながら自然を楽しんだ所で、散歩道がよく出来て海側の景色も綺麗です。綺麗な済州夜景を楽しむ為に多く尋ねてくる。
山地川済州市内繁華街を通る川で、ソウルの淸溪川と同じような川と思ったら良いです。1960年代に住宅が密集されながら生活下水とごみで汚染する問題が起こり、1995年から復元事業を始め、2002年自然型河川に復元されました。河川に沿って散歩道、アーチ型橋、噴水台、河川が終わる所には中国避難船を修復して展示していて地元の主民は勿論、観光客も多く、特に夜の夜景も綺麗な所です。
済州太平洋戦争当時の日本軍事施設
| 航空基地アルトゥル飛行場 |
松岳山陣地洞窟 |
平和博物館 |
航空基地アルトゥル飛行場慕瑟浦‘アルトル’飛行場(日本海軍飛行場)の広さは66万平方メートルで、1926年から30年代半ばに建てられました。1937年日中戦争の時は上海攻撃の際にこの飛行場を利用し、戦争末期には米軍上陸予想地点「九大正面」の一つに数えられ、「決7号作戦」が発令、1945年終戦直前まで日本軍は飛行機整備場、弾薬庫、防空壕、通信施設、格納庫、誘導路、高射砲、飛行隊指揮所、宿所、附帯施設などの軍事施設を完成させたり、また建設中でした。 ‘アルトル’地域に元来完成された格納庫は20棟でしたが、現在残っている格納庫は19棟です。格納庫の規模は幅20m、高さ4m、長さ10.5mで、済州道内の日本軍軍事遺跡の中でよく保存され元型がそのまま残っています。
松岳山陣地洞窟日本軍は第2次世界大戦末期にアメリカ軍が沖縄本島に上陸するや、「本土決戦」への準備で要塞を続々と作りました。松岳山陣地洞窟は特殊潜航艇(人間が運転して敵艦に激突し、爆薬を爆破させる自爆兵器である、人間魚雷「回天」など)の格納庫で、断崖絶壁に14、5個の洞穴が点点と掘られています。ドラマ「チャングムの誓い」でチャングムが子供と産婦を手術により助けるシーン、チャングムがチャンドク師匠を鍼治療の実験台にして失敗してしまい、鍼の経穴(ツボ)を慎重に復習するシーンが5つめの洞窟で撮影されました。
平和博物館戦争の際に実際に使用されていた地下トンネルを体験学習場と観光地として活用するために作られた平和博物館は、済州地域の異色名所として脚光を浴びています。見学ができる戦争当時のトンネルは、全長約2キロのうちの300メートル。高さは1.6~2メートル、幅1.5~3メートルの規模で、そのトンネル内部には司令官室として推定される10坪あまりの部屋や、宿舎、医務室など、多くの空間があります。博物館にある資料は、1937年から1944年の間に当時の日本情報局、朝鮮総督府などが発行した週報と通報211冊を始め国語読本などの教科書、太平洋戦争などと関連した日本や韓国を含んだ世界各国のニュースや日本語版新聞・展示パンフレットだけでも300点を超える数を保存しています。そのほかにも、当時日本軍の写真や、火繩銃・対空砲火弾皮・軍服・鉄兜・水筒・トンネル構築の時使用した道具など、そして当時の生活用品にいたるまで数百点を収集して展示しています。