「韓国の美をたどる旅」を読むのに役立つ用語&人物などの色々な言葉

「韓国の美をたどる旅」を読むのに役立つ用語&人物などの色々な言葉

「韓国の美をたどる旅」を読むのに役立つ用語&人物などの色々な言葉

1.元曉大師
“新羅の華厳宗の僧侶で、新羅浄土教の先駆者”

元暁がんぎょうげんぎょう、諡号:和諍国師、617 - 686年)は新羅の華厳宗の僧侶で、新羅浄土教の先駆者です。俗姓は薛、名前は誓幢、新幢である。新羅の押梁郡(現在の慶尚北道)に生まれ、興輪寺の法蔵に華厳を学び、650, 義湘と共に唐に渡ろうとしようとしたが、高句麗軍隊のために失敗しました。661年また義湘と唐に渡ろうとしようとしたが、偶然に骸骨に溜まった水を飲んで真理を悟って帰って来ました。その後は華厳学の研究に専念し、240巻もの著作を成しました。三国有史に書かれた元曉大師と瑤石公主が結婚するエピソードの歌が一つあります。

元曉は当時このような歌を街で歌っていました

「誰許沒柯斧 我斫支天柱」

袋ない斧を誰かが私に与えたら、空を堪える柱を私が剥こうぞ....

歌の意味は誰も分からなく、武烈王だけは意味が分かって未亡人だった瑤石宮の公主(太宗武烈王の娘で、、のご主人は戦争中に死んだ若い花郞でした。)を嫁がせたし、公主は吏讀(漢字の音と訓を利用して韓国語を書いた表記法)を集大成した薛聡を生みました。
その後、元曉は「小姓居士」と名を変えて、芸人が与えた瓠に「無碍」(華厳経の「一体無碍人」から取った名)という名を付けて、歌を作って仏教を庶民に普及させました。弟子の審祥が日本に華厳宗を伝えたため、東大寺を始めとする南都の諸寺院でもてはやされるようになり、高山寺にある『華厳縁起』には、元暁にまつわる様々な伝説が語られています。

2.江陵端午祭
“ユネスコの人類口及び無形遺産傑作に指定”

江陵端午祭は大嶺城隍で執り行われる祭祀を元にしたもので、祭祀で神に捧げるお酒を旧暦320日から、祭祀が終わる旧暦56日まで行われる韓最大統的な祝祭です。
国伝統の節日は旧暦に合わせて行われ、奇月に同じ奇日が重なる日を吉日とし、11日、33日、55日、77日、99日などの日を節日としています。特に旧暦55日は天体がん中になり、宇宙万物の運が重なる最も豊かな日とされてきました。本来端午は麦を収穫して田植えが終わった後にひとしきり遊びながら休む節日として農耕社会の豊農祈願祭の性格を持ちます。江凌端午祭は旧暦45"神酒造り"を始まりに端午制が終わる旧暦57日まで一ヶ月間も開かれます。端午制は神さまにド上げるお酒をつけながら始まり、大関嶺山神堂で祭祀をあげて神聖視する木を仕え、國師城隍堂を経って弘済洞にある國師女城隍堂に仕えてから行事前の夕方に迎神祭を執り行なって南大川の白砂浜に用意された祭壇に移して仕えることで江凌端午祭の序開きをあげます。5日間朝・夕方で祭をあげてグッドをし、農業の繁栄と村の平安を祈って皆、一心になって際をあげます。端午翌日に神聖視する木を焼いて城隍神を大関嶺で仕えながら端午際は幕を閉じます。

江陵端午祭で祀る主な神は
・大關嶺國師城隍神(新羅末に崛山寺と神福寺を創建した梵日國師、城隍祠で祀っている。)
・大關嶺國師女城隍神(江陵の鄭氏家の娘で、大關嶺國師城隍神が虎を使者で送り、連れてきて妻にし、 女城隍祠で祀っている。)
・大關嶺山神(新羅の名
、金庾信軍、山神堂で旧暦415日に祀っている。)
江陵端午グッは
グッ(人間の思っていることを神にえる巫俗祭儀)
端午グッは地域の安寧と生業の繁
を祈願する巫俗信仰で、市民は國師城隍の神位前で家族の平安を祈る個人の紙(儀式の種)を燃やす。
端午の民俗遊び
豊作と安全を祈って民俗遊びとしてブランコとシルム(韓の相撲)、農遊び、韓すごろく
端午の民俗演戱
官奴假面劇「(官奴假面劇は踊りと仕草を主とする韓唯一の無言仮面劇で、容は豊かさと多産共同体の秩序回復を主題として兩班(ヤンバン:朝鮮時代の貴族層)とガクシ(花嫁)のの物語が展開される。)
端午の風習
女性が菖蒲をゆでたお湯でを洗ったり、赤やの服を着たり、男性は菖蒲の根を腰に巻く神酒づくり、スリ(ヤマボクチの若葉を混ぜて蒸した)作りなど。

ユネスコ指定の韓国世界遺産

宗廟祭礼・ 宗廟祭礼楽

ユネスコの無形遺産傑作

パンソリ

ユネスコの人類口及び無形遺産傑作

江凌端午祭

ユネスコの人類口及び無形遺産傑作

訓民正音

ユネスコの世界記録遺産


3.
パンソリについて
“パンソリは音を盛った絵、絵のように開かれる音、魂の

パンソリとは、一人の歌い手が鼓手(太鼓の奏者)伴奏に合わせて歌とせりふ、身振りで物語を語っていく統芸能です。パンソリのパンは多くの人々が集まる場所を意味し、ソリは音を意味します。
2003年にはユネスコの世界無形遺産にも登されました。韓『風の丘を越えて―西便制―』ではパンソリをんで旅をする女性が描かれています。パンソリを完唱するには短い演目でも2時間、長いものだとに8時間を要します。
パンソリは音、文、演劇など各ジャンルの芸術の特が溶けんだ合芸術で、「パンソリ」と呼ばれたのは60年代後半のことで、その前には 音(ソリ), 唱樂 (チァンアック),唱 (チァン), 唱劇の曲調 (チァンコクゾ)とも呼びました。パンソリは韓の全ということではなく、全州を含む南西部全羅道の音楽です。

パンソリの色んな言葉
・得音:腕前が非常にすぐれた境地に至り
・唱者:歌い手
鼓手:太鼓の奏者
・アニリ(言葉):パンソリの中で、唱をする間に調子を付けないで劇的な
況を明する形で進められる事。
・唱():パンソリの内容をオペラみたいに歌で表現。
・ノルムセ(身振り):手や足の動きを使って
な表情をリアルに表現。手に大きな扇子を持ち、これをぱっと開いたり閉じたり、振ったり指したりして調子をとる
・チュイムセ:パンソリで音の中間に添える嘆声として、
鼓手(太鼓の奏者)と観客が掛けを出し、興を高める。

パンソリの種類
・東便制:全羅道の東北地域で、男らしい感じで,音が雄しくて雄壯で, 歌に技巧がないことが特
・西便制:全羅道の西南地域で、女らしく,とても悲しい感じの歌で,たくさんの技巧を使うのが特
・中高制:京畿道と忠道に傳承された歌で,今は傳承が途切れてしまいました。
パンソリの發聲法
パンソリの發聲法は腹から音を出すのは西洋發聲法と同じですが、のどを使って少し荒くてさっぱりしない音を出し、鼻の鳴りよりは口と胸の鳴りにもっと精を出す点は違います。
パンソリの
韓國の文學的な要素と社會的な風習,文化及び諧謔的な容に率直で滑稽な人間觀と美意識が盛られた庶民の生活話になっている場合が多いです。

()
()の演奏はソンビ(善良で学識ある人)が徳を積むことに必須的な徳目の一つ

()は韓国固有の楽器の中で代表的な楽器で高句麗の時からあった楽器です。牙箏や大箏のように共鳴筒(サウンド・ボディー)を箱式で作ってその上に木綿糸を組んで作った六個の紐を結んで中の3行の下には 16個の卦を差します。右手の人差し指で紐を打ち下ろすとか取り離して音を出し、左手では16卦をついて音の高低を調節します。伽椰琴と西洋のハーフのように1行で一種類の高さの音だけ出す楽器と違い、()は紐の一部分をついてくれることで1行で多くの音を出すことができる楽器です。纎細な音を出す伽椰琴に比べて幅広くて雄大で壮厳な音色を持った()は昔から'楽器の最高'と言われ、()の演奏はソンビ(善良で学識ある人)が徳を積むことに必須的な徳目の一つでした。

5.
皇南(ファンナム)パン
慶州名物のお菓子
1939年に慶州出身のチェ・ヨンファ氏が開発し、慶州市皇南洞でパンを作り始めたので皇南(ファンナム)パンと言われています。現在もチェ・ヨンファ氏の息子さん、お孫さんの3代で皇南パンの味を守り続けて、慶州名物のお菓子として「慶州市伝統食品」に指定されています。ソーダ・卵・砂糖・小麦粉をよく混ぜて練り作られた薄皮もあんこも手作りで、昔のままで作っています。賞味期限は常温4~5日間です。


6.
世宗大王&訓民正音
百姓に教える正しい音の韓国語を作った朝鮮大王”

韓国へ旅行すると必ずお会いする方です!
韓国の紙幣の万ウォン札の中でうっすらと微笑を浮かべている方が、太宗王の三番目の息子として1397年に生まれて1418年に朝鮮王朝4番目の王となった『世宗大王』なのです。
朝鮮王朝27人の王の中で「大王」と呼ばれる王は世宗だけです。1418年から1450年の32年間在位し、朝鮮王朝の500年間はもちろん、新羅の民族統一以降、最も輝かしい治績を残しました。

世宗大王はハングル文字を創製し、測雨器、日時計・水時計・渾天儀(天文・天体観測器具)・暦書天文図製作等世界的に有名な科学器具を発明し、音楽の雅楽を整理し、北方の野人を征伐して四郡と六鎮を開設、国境線を鴨緑江・豆満江まで国土を拡張させ、集賢殿(王立研究機関)を設置し学問を奨励し、学者らを育ち、銅活字印刷術を開発し龍飛御天歌・月印千江之曲・農事直説など数多くの書籍を発刊し、農業を奨励、税制を整備し、儒教奨励、地図の製作など様々な分野で多くの功績を残しました。日本との関係は前の王、太宗の力が残っていたときには対馬を攻撃したが(応永の外寇1419年)、その後済浦、塩浦、富山浦の三浦を開港するなど、室町時代の日朝貿易の基礎を作った王です。

世宗大王は幼いころから学問を好み、様々な分野で多くの功績を残しましたが、その中 最大の治績の一つは、韓国固有の文字である『ハングル』、韓国の言葉の発明です。
それまでは韓国だけの言葉はなく、中国のように漢字を使っていました。 
しかし、一般庶民が漢字で表現することは非常に難しく、
庶民も自分の考えを文字で表記し、日常生活に便利に使用できるやさしい言葉が必要だと考えた世宗大王は様々な学者と共に「ハングル」を研究しました。
ハングルは音を出す「唇」や「舌」の
模様から考え出された文字で、1443年に28文字により完成させ、3年にわたり実用のための研究を重ねたのち、1446年に頒布しました。 
では「ハングル」とはどんなものでしょうか?
『ハングル』とは
「訓民正音」と言われ、これは「百姓に教える正しい音」という意味で、母音10、子音14、さらに複合母音11と、濃音5、これからの組み合わせからなっています。
日本語をローマ字であらわした時のように母音と子音とを組み合わせればいいだけですから、覚えてしまえばあとはパズルのように組み立てればいいだけ!
ただ、日本語にない発音がたくさんあるのが大変です・・・ 
文法は日本とほぼ同じ、さらにもともと中国語を使っていたときの名残での「漢字語」がありますので、発音が似ている単語もたくさんあります!
『韓国語は世界で一番難しい』という説もありますが、日本人にとってはとても学びやすい言語のひとつです!


世宗大王陵(英陵)
英陵は世宗大王と昭憲王后の合葬陵で、英陵は本来ソウル近郊にありましたが、1469年に驪州郡に移されました。陵内には世宗大王の銅像や記念館である世宗殿、測雨器、日時計、水時計などがあります。


7.
天象列次分野之図
“高句麗で観測した天の姿”

天象列次分野之図は朝鮮初期から石刻本、木版本、筆写本などに製作普及された韓国の全天天文図で、韓国で2007122日から発行された万ウォン券紙裏の渾天儀の後に見える背景が略式の天象列次分野之図です。

天象と言うのは何の意味か?
天象は天の天文現象を言い、天の姿であり、天に浮かんでいる天体を言います。
特に指定された場所を守っている星と銀河水を描きました。肉眼と見えるのは1467個の星と銀河水だけです。列次と言うのは何の意味か?
列次の逐字的意味は天の区域()を並べたことです。
天象列次分野之図と言うのは何の意味か?
天象列次分野之図と言うのは天文現象を観測するために28宿、12宮、赤道、黄道などで現わして春秋戦国時代の地名と対応させて作った天文図です。
万ウォン券紙
裏の渾天儀の後に見える背景が略式の天象列次分野之図です。

 

天象列次分野之図の絵

太祖本 1395 天文図には 122.5×211×12cmの烏石の中に直径 76.1cmの円を描いて肉眼と見える 1467個の星, 銀河水, 周極 , 赤道, 黄道, 28宿の区域と 12宮が刻まれている. また上端の中に直径約 20cmの円まわりに沿って 24節気ごとに夕方と夜明けに南中する星座 (節候別昏曉中星)を書いた中星記があります。
天象列次分野之図の文字
真ん中の星図
の左右上下の外側には十二国分野及星宿分度、日宿、月宿、黄道十二宮辰、十二国分野、二十八宿去極分度、天文図志などの名前をつけて、春秋時代12国と12次の対応、星座の区域、太陽と月の運行軌道、28数の去極度、天文図作成の製作経緯、製作年月日などを明らかにしています。

天象列次分野之図はいつ観測して作ったのか
西紀1世紀頃北40゜すなわち高句麗で観測した天の姿です。天文図を刻石した時期は4世紀以後で67世紀以前だと推正されます。今、伝える天文図は太祖41395に製作され、太祖は天文図志で天文図の石本が昔の平壌城にあったのをしたそうです。天文図の中心である北極近くは漢陽の緯度である北緯 38゜を現わすので14世紀の天の姿であり, その外側は高句麗の緯度である北緯約40゜を現わすので西紀 1世紀に観測した星座です。
天象列次分野之図
の形態は
星座を中心に周に太陽・月・四方神にする簡単な明、主する角度、各節別に日が昇って暮れる時、南中時の星座が明されていて、下端部には時の宇宙館、測定された28宿去極度、天文の履歴、加した役人たちの名簿が記されています。
星座
は大きい円の中に天の赤道と道を現わす交差する中間円を画き、その部に季節に関係なくいつも見える星を表示する中央の小さな円、その上に各分野別に1464個の星が293個の星座を成して明るさによって違う大きさで描かれています。
星座の
は西洋の88個と比べると3倍もおおいです。その上に銀河水がその模どおり描かれ、大きい円の端に沿って365個の周天度数・度盛り、各方向を代表する十二支、各地を代表する分野、12宮が表示されています。

8.
宗廟祭礼・宗廟祭礼楽

宗廟祭礼楽
宗廟で、祭祀(宗廟大祭)を行なう際に舞踊や歌と共に楽器を演奏する音楽を総称して言います。宗廟祭礼儀式では保太平(王たちの文化的業績を称える)と定大業(軍事的貢献と業績を称える)という音楽を中心に演奏すると同時に、先代の王の業績を称える楽章という歌を歌い、64人が立てて踊る八佾舞が付け加えられます。
登歌は王たちの文化的業績を称える保太平を演奏し、軒架は王たちの軍事的貢献と業績を称える定大業を演奏します。これらの歌は、先祖の魂が天から降りてきて奉献物を楽しみ、後世にも福を与えるようとするものです。文舞は左手に硅(竹笛)、右手に翟(竹笛)を持って踊り、武舞の前三列は剣を持ち、後三列は槍を持って踊ります。この中で大司祭たちは、それぞれ三度ずつ黄銅で作られた杯に酒をつぎ、先祖と神に尊敬を表して平和と繁栄を祈願します。

詳細案内 クリック!》》》

9.
韓屋
“韓屋は科学的で、曲線の美が美しく、自然に逆らわない自然の一部ながら精神が豊かになる家”

韓屋の最大の特徴
・風水を取り入れ、木や土、土、石などの環境に優しい自然の素材を使って、自然に逆らわない構造と
配置で家を建てます。
・韓
特な住居方式である暖房のためである「オンドル(床暖房)」と、韓屋の主要な素材となっている
土」、冷房のための「床:テチョンマル(大庁:)」によって、春、夏、秋、冬の
四季折
化に合わせ、度や湿度を調節することができます。
オンドルの構造は台所と部屋の外に焚き口を作り、下で火を焚くと煙がオンドルの下を通りながら暖かく
暖まります。大陸性気候と海洋性気候が共存する韓半島の暑さと寒さを同時に解決するための韓国の
独特の住居形式です。
・屋根の裾が空に向かっている曲線の美、自然と調和した韓屋は全体的に曲線美が流れ芸術的で、各空間
において四季折
の風景をしめる工夫も所でされています。

韓屋の構造
・サランバン(舍廊チェ:主人の居間で、書斎や応接間として使われた交流の空間)
・テチョンマル(大庁:
)
・マダン(庭)
台所
・母屋(ひったくらない家の主人奥様を含めた女性たちの空間で大門から一番内側に位置、家族たちの衣食住を専担する空間で家具類も衣服と寝具類保管のための収納用家具等が置かれた)
・祠堂(
先祖を迎える)
ヘンランチェ(召し使いたちが居住する)
・食客部屋とゴンノンバン(年寄りやお子さんが住む部屋)

韓屋の機能
・軒
軒は暑い日には太陽の光を阻んでくれて、雨降る日には雨が家の中に入って来ることを阻んでくれる役目をします。特に春・夏・秋・冬の四季によって太陽の位置が違って厚い夏は部屋に影がいっぱい入るように、寒い冬は部屋に太陽の光がいっぱい入るように、昼間の中でも朝・昼・夕方によって部屋に入る太陽の面積が違うように科学的に設計されています。
・基壇
韓屋を地面から1m程度はなれるようにし、夏に南西の方から吹いて来るじめじめした暑い風の地面から上って来る湿り気を阻んで、快適な生活をするようにしました。
・庭
韓屋はまた垣根中に大きい木を植えなく、庭先に芝生を植えませんでした。大きい木があれば家が陰気で虫も多くて衛生的にも心理的にも良くないからです。
家を明るくする方便で庭先に芝を植えなく、磨沙土を敷いて庭先に反射した陽光を室内に引き入れました。. すごく高級な間接照明方式です。たとえ直射日光が入って来ると言っても韓紙の部屋の門を透過しながら順化された柔らかい光が入ってきます。光のおびただしい照度差から来る視力の減退を阻むことができる知恵が韓屋にはあります。
・部屋の門と窓
綺麗な芸術性もあり、韓紙で作って空気がよく通れます。
・部屋の下紙
韓紙を敷いた後に豆油などを塗ってつややかにさせながら、防水の役目もしました。

韓屋の位置
北側(裏側)では山が阻んでくれて、南側(先方)では野原や小川が流れます。

気候と家屋の形態
気候は日常生活と密接な関連があり、雨がたくさん降る地域では屋根の傾斜が急で、乾燥した地域では傾斜が緩やかで、寒い地域では保温と防風のために壁を厚く、屋根を低くしてオンドルのような暖房施設を取り揃えた閉鎖的な家屋構造で、これに比べて暑くて雨の多い気候地域では通風のために開放的な家屋構造になっています。
・北部地方
寒い冬のために出来るだけ風が入らないように''の字の模様で家を建てて、壁を暑くし、窓を小さく造り、天井を低くしました。また、テチョン(大庁:
)がない家も多いです。
・中部地方
南部地方と北部地方の折衷型で、ハングル語の'
'の字の模様で家を建てました。
・南部地方
高温多湿な蒸し暑い夏の日を耐えるために風がよく通るように''の字の模様で家を建てて、、テチョン(大庁:
)が広く、窓も広い多いです。
・済州島
気温が年中穏やかなので暖房の必要性が少なく、穀食等を保管する倉庫役目をするゴパンイという珍しい空間があり、風が強いので藁葺き屋根の上に石を乗せて重石にしたりしました。
・鬱陵島
雪が多く降る地域なので、雪に備えてウデギという独特の家屋構造になって、くぬぎや松の木片などを利用して屋根を葺いたりもしました。


身分と家屋の形態
上流層住宅
屋根が造りの家がおおく、機能性と芸術性を考慮して作り、儒教思想の影響を受け、性別、年齢、身分により家の配置が違っています。子どもたちは生まれてからは母屋で生活し、7才くらいになると男の子はサランチェで、女の子はアンチェで生活します。
中・下流層住宅
萱葺きの屋根が代表的で、部屋、デチョン、台所という単純な造りをしています。


10.
コムンゴ(の琴)
()の演奏はソンビ(善良で学識ある人)が徳を積むことに必須的な徳目の一つ

()は韓国固有の楽器の中で代表的な楽器で高句麗の時からあった楽器です。牙箏や大箏のように共鳴筒(サウンド・ボディー)を箱式で作ってその上に木綿糸を組んで作った六個の紐を結んで中の3行の下には 16個の卦を差します。右手の人差し指で紐を打ち下ろすとか取り離して音を出し、左手では16卦をついて音の高低を調節します。伽椰琴と西洋のハーフのように1行で一種類の高さの音だけ出す楽器と違い、()は紐の一部分をついてくれることで1行で多くの音を出すことができる楽器です。纎細な音を出す伽椰琴に比べて幅広くて雄大で壮厳な音色を持った()は昔から'楽器の最高'と言われ、()の演奏はソンビ(善良で学識ある人)が徳を積むことに必須的な徳目の一つでした。

11.
韓服(ハンボク)
“直線美と曲線美の調和、美しい韓国の伝統衣装”

韓服(ハンボク)は直線とゆるやかな曲線が調和を成した美しい韓国の伝統衣装です。

男性の韓服はチョゴリと呼ばれるゆったりした上着と、パジと呼ばれるズボンを身に着けます。

女性は短いチョゴリとチマと呼ばれる長いスカートを身に着け、端正で優美な衣装となっています。

礼服と普段着に分かれており、男女別・成人・子供用また季節ごとに分かれています。

現在はミョンジョル(元旦、端午、中秋)・結婚式の際に着られることが多くなっていますが、

最近は改良した韓服が作られて再び注目されています。

 

12.ポジャギ
“韓服や麻の端切れを繋いで再生したもの”

ポジャギとは韓国伝統の‘パッチワーク’で、日本でも人気を集めているポジャギのほとんどは正確に言うと「チョガッポ」という韓服や麻の端切れを繋いで再生したものです。

一般的な用途としては食事の覆いとして使用されるサンボ(床褓:상보)、服を包むためのオッポ(衣褓:돗보)、そして寝具を包んでおくための大きなイブルポ(이불보)などがあります。

その他婚礼用・仏教儀式用もあります。

近年実用品を超えた観賞する芸術作品として再評価されています。

 
13.鉢盂供養
普段僧侶たちが食事することを表す言葉  

鉢盂は僧侶の食器で、昔にお釈迦様がガソプが仕えた竜を食器に閉じこめて降参を受け出した事があり、その食器から由来します。それで降竜鉢とも言いいます。衆生の意によって量どおり満たすので応量器とも言われ、4個で構成されています。小さな器が大きい器の中に順番に入って行きます。一番大きな器は食器(ご飯)、二番目は汁わん()、三番目は清水器(お水)、四番目の一番小さな器はおかずの器(おかず)です。ご飯の食器は膝の左側前において汁わんは右側の前におきます。おかずはご飯の食器前に、お水の器は汁わん前におきます。木魚や鐘で供養を知らせれば皆大衆部屋に来て住持が中央門に座って左右に順に座ります。

鉢盂を広げる時は展鉢偈(心身がすべての執着から去った状態、あるいは食べ物を施す人・受け取る人・取り交わす食べ物が皆、公平だという意味)を詠じてしっぺい(竹箆:禅宗で、参禅者を指導するために使う仏具)の音によって広げます。引き継いで《小心経:内容は仏様の生、ご飯を食べるありがたさ、自分がご飯を食べる資格があるかどうかに対する反省、他のお中がすいている人に対する思いやり、ご飯を食べる時の心構え、ご飯を食べて世の中で役に立つ人になるという駄目押し》を覚えて捧鉢偈(鉢盂を受ける偈)を詠ずます。清水を回せば大きい器に水を受けて、汁わんとおかずの器を洗って清水器にまたいれます。ご飯とお汁物はそれぞれ食べるだけ入れて、残るとか足りなくしないです。供養が終われば食器と汁わん、おかずの器をきれいに洗って、元々どおり積んでおきます。

餓鬼にたいして
この世の中で一番可哀想な鬼を'餓鬼'と言います。飢え死になった魂たちを意味します。
鉢盂の終わりにきれいに洗った水は集めて献食台という所に注ぎます。これを千手水(鉢盂後に食器をきれいに洗った水)といい、その水は餓鬼たちが食べるようになります。餓鬼は餓鬼地獄に住む衆生で、餓鬼の身は泰山ほど大きく、のどは針の耳位小さいです。

それで餓鬼は食べたいのが多くても食べることができません。ただし、僧侶たちのくださる食べ物は食べることができます。
この餓鬼たちはのども、胃袋も針の耳のように減って、やや小さい唐辛子粉一つだけ器についていても首にかかってお鉢がねじ、水一服も越すことができずに飢えに苦しむそうです。

この鬼たちをするには食べ物残物を残さないで、器をきれいに空けることだと言います。

腹一杯召し上がるが、貴重な食べ物を残さなく、この世の中の餓鬼たち, 飢える兄弟たち、すべて一緒に暮しましょう。
餓鬼は化け物ではないです。私たちが現在生活で欲をたくさん出し、怒りを出したら次の生に餓鬼になるのです。


一滴の水にも

一滴の水にも天地の恩が込められていて、

一粒の穀食にも万民の恩が込められていて、

一糸の糸巻き中にも羽織る人の汗が立ちこめています。

この水を飲んでこの食べ物を食べてこの服を着て、

手まめに身と心を磨き上げ、隣りと世の中の足しになります。

想念偈(供養の時に5種を思う偈)

計功多少量彼来処  “この食べ物はどこから来たか?”
忖己行全欠供  “私の行で受けるのが恥ずかしい。”

防心離過貪等宗  “心のあらゆる欲心捨てて”

正事良薬為療形枯  “肉身を支えるで分かって”

成道業受此食  “道業を成そうとこの供養を受けます。”


14.
薯童謠(ソドンヨ)と武王

韓国内で初めて作られた四句体の郷歌

武王の母親は益山出身で、武王も子供頃は益山で成長し、武王は母親が池の端にいた竜と関係を結んで生まれた子で、薯童といい、新羅真平王の娘が美しいと言うことを聴いて、子どもに歌を教えて歌わせ、宮中にも聞こえると、真平王は薯童に娘を差し出した。

伝説では、武王が王妃(善花公主)ともに自分が若いときに住んでいた獅子寺へ行く途中、弥勒寺の場所にあった池の中から弥勒三尊があらわれ、王妃の願いで、池を埋めて伽藍を3つの伽藍を作ったと伝わっています。伽藍が3つというのは、弥勒が三回の説法で人を救うということに因んだという。
弥勒は兜卒天で仏法を説法しているが、釈迦入滅後567千万年後に人間世界に降りてきて3回の説法で、すべての衆生を救済するといいます。

薯童謠(
ソドンヨ)とは韓国内で初めて作られたと言われている四句体の郷歌(三国時代に百済の薯童王子【百済武王の幼少名】が、新羅第26代眞平王の時代に書いたといわれる民謡形式の歌)のことです。
薯童謠
善化公主主隠      
善化公主は
他密只嫁良置古     人知れず情を通じておいて
薯童房乙         薯童坊っちゃんを
夜矣卯乙抱遣去如   夜に密かに抱いて行く

 

15.ユッノリ

擲柶(チョクサ)または柶(サヒ)とも言います。三国時代以前から伝えて来る韓国固有の民俗遊びで、たいてい正月一日から15日まで楽しみます。夫余族時代に5種家畜を5部落に分けてあげてその家畜たちを競争的に繁殖させる目的から始まった遊びで、それに縁由して”は豚、は犬、ゴル'は羊、ユッは牛、は馬と言う言葉に比喩します。必要なものはユッバン(ユッばん)とマル(駒。コインなどで代用可能)、ユッ(木の棒)。

日本の双六に似ており、サイコロの代わりに4本のユッと呼ばれる木の棒を投げ、落ちたときの面の向きにより進む駒の数が決まる。


ユッノリと天文図
ユッノリの構成
ユッバン(ユッばん)とマル(駒)、ユッ(木の棒)の三つは天地人の
三神思想を意味し、ユッ(木の棒)は前は()、裏は()を基本にして陰陽思想を説明します。

ユッ(木の棒)について
”は(1)は犬(2)ゴル'は羊(3)ユッは牛(4)は馬(5)と言う言葉に比喩します。
豚はという陰気を受けて足が短く、水と脂肪の多い動物になった。
・犬はという陽気を受けて足が長くて熱の多い動物になった。
・羊はという陽気を受けて毛がたくさん出た。
・牛はという陰気を受けて足が短くて角があって堅い。

・馬はという陰陽の中間で、牛のように陰気に受けて体も大きく、丈夫で仕事もうまく、犬のように陽気を受けて足が長い。


5行の数字原理によって(1.), (2.), (3.), (4.), (5.)の手順に決まりました。
ユッ(木の棒)は単純に遊びではなく天文思想と宇宙原理を詳細に説明しています。

 

マル(駒)について
一方理論的でマル(駒)は月を象徴して、今月がユッバン(ユッばん)を一つずつ行くことは天文28宿(月の公転与えるのが 2732日というのに着眼して赤道帯を28個の区域で分けたこと)を過ぎ去ることを象徴して作ったことであり, 実際適用においてはマル(駒)を太陽にして4季節を見せてくれる太陰太陽暦を説明しています。


ユッパンについて

ユッパンの全体的な絵を見れば、大きい円は天を象徴して中の十字(+)は四方位を持った地を象徴します。

ユッパンの真ん中の一点を除いて総28点で成り立っていてこの28点は天を28分緯で分けた28宿を意味します。この28宿は元々月が天球上で28日ぶりにもとに帰って来ることを基準で天を28分緯で分けたことですが、また黄道(太陽が通る道)を示したりして、ここでは宇宙原理によって冬至で始めて春分、秋分、夏至を説明することであり、 28宿の星座を大きい円にすべて入れないで8個の星座を十字(+)字中に入れたことはしゃくし模様の北斗七星が真ん中の北極星を中心に四方位、4季節によって回ることを表現したのです。韓国では北斗七星が人間の生死を主観すると思って星の中でも一番重要に思ったところ、この思想をユッノリにも適用しました。実際に私たちの伝統こよみを見れば、太陰暦に24節気太陽暦を適用した太陰太陽暦を使いました。これは農業を作りために24節気を取り入れたのです。


ユッパンに適用された太陽暦24節気とプレイコース別説明について

このように太陰暦の月の周期に太陽暦の24節気を適用して相互補とはしたからユッパンも同じな原理を適用しました。

次はユッパンに適用された太陽暦24節気で、プレイコース別説明です。

1コース:一番短い距離である①東->西->北は太陽が一番短く浮かぶ日を象徴しているしこれは冬至を示す。

2コース:②東->西->西->北は太陽が夜と均衡を合わせて浮かぶ時期で、昼が長くなり始める春分を示す。

3コース:一番長い距離である ③東->->西->北は太陽が一番長く浮かぶ日を象徴しているしこれは夏至を示す。

4コース:④東->->->北は太陽が夜と均衡を合わせて浮かぶ時期で夜が長くなり始める時の秋分を示す。

 

4

12

12支神像

12

28宿(星座)

東方:青龍

壽星

8

角亢氐房心尾箕

大火

9

析木

10

北方:玄武

星紀

11

斗牛女虛危室壁

12

娵觜

1

西方:白虎

降累

2

奎蔞胃昴畢觜

大梁

3

實沈

4

南方朱雀

鶉首

5

井鬼星張翼軫


16.性徹僧侶(ソンチョルスンニム)
“山是山 水是水、山は山で水は水だ

1913年に慶尚南道山清で生まれ、俗名はイ・ヨンジュ(李 英柱)である。

ひたすら求道(理や宗教的な悟りを求めて修行すること)にのみ没頭する僧侶として知られ

把渓寺で長座不臥(横にならず座ったままでいること)を8年間行ったことは有名な逸話である。

曹渓宗の長を経て、頓悟頓修(長期の修行を経ずに直ぐに悟りを開き、成仏できると説く教え)を主張し

仏教界に熱い論争を呼んだ。
山是山 水是水、山は山で水は水だ”と言う有名な名言があって、言葉の意味の解答皆様の中にあります。

17.赤壁歌

“平凡な人間のけんかや将軍、動物、木像など非現実的な矛盾する葛藤話”

朝鮮時代のパンソリ(民俗楽の1つで、役者の声【唱調】と、台詞【唱詞】の総称)

中国の「三国志演義」の中で、関羽が華容道で包囲された曹操を殺さないで寛大に道を出てくれて逃げるようにした赤壁大戦を素材にして作りました。
赤壁歌はその大体の筋書が「三国志演義」の該当部分のようだが、作品の価値と興味を規定する根本は 「三国志演義」にない部分、すなわち新しく作り出されて付け加えられた独特の内容にあります。
赤壁歌は戦争のリーダーとその部下である将軍たちと兵士らの間に縛られた話です。本来の「三国志演義」が英雄たちの豪快したけんかであり事実による対局的な雄大な軍記なら、赤壁歌は平凡な人間のけんかや将軍、動物、木像など非現実的な矛盾する葛藤話です。他に言わば、「三国志演義」は国家保存と国家建設という次元で武勇ある人物が活動するのに比べて、後者は戦争で見れば極めてこまごましい人間的な問題、例えば親孝行や妻愛や兄弟友愛や人間の義理などにかまけた、情にかまけた人物たちが活動します。要するに小説は戦争の楽しさです。パンソリは人事が楽しさであることです。


18.高矢(ゴシレ)
“稲作法を開発し奨励したゴスルヘの徳を感謝し白ご飯を捧げる習慣”

民間信仰で、山や野で食べ物を食べる時や巫女が供物を備え神に祈る儀式をする時は「ゴシレ、ゴシレ」と叫びながらで食べ物を少し取って投げ、土神と水神に食べ物を捧げる意味がある。


昔に高矢さんがいたが、彼は人々に火を得る方法とともに耕作して収穫する方法を教えたと言います。それで後代に至って野で耕作して山でナムルをあかした人々が高矢さんの恩を忘れることができなく、ご飯を食べる時に一番年上の人が白ご飯を一さじ捧げながらゴシレと言ったと言います。

ゴシレの慣習は韓国だけが持っている固有した慣習です。
色んな説がありますが、こちらが一番近いと思い紹介します。
昔に潅漑事業を主導と新しい農業法を開発した人で、今の農水産部長官の位置にあったゴスルヘと言う名前が伝えられてきましたが、口伝されたことだから正確なことは分かりません。上で列挙した事項に根拠すればゴシレは新しい稲作法を開発して奨励するのに貢献したゴスルヘの徳を感謝してそれを称えるための一つの方便から出た慣習ではないかと言います。
この時に投げるご飯は白い米飯のみをとることが常例です。雑穀飯の場合にもできるだけ白い米飯がたくさん入った部分を選り分けて捧げることが常例です。
ゴシレをすることは一年中するのではなく、秋期に収穫する時や麦を種蒔きする時にはゴシレをしないです。ゴシレをする時期は春期に田植をする時と夏季に草取りをする時に主に行います。ここで推正することができることはゴシレの慣習は稲作と係わることがわかります。

19.キムチ
“キムチ種類は200種を超え、各種無機質とビタミンの供給源である”

漬物の総称であり、塩漬けした大根・白菜・キュウリなどを唐辛子・にんにく・塩辛などをまぜた薬味で

漬け込んだもの。
キムチをつけることは野菜を長く保存するための手段だけでなく、保存中にさまざまな微生物の繁殖で有機酸と芳香が作られて立派な発酵食品になります。
キムチは各種無機質とビタミンの供給源であり、乳酸菌によって浄膓作用をして食欲を増進させてくれたりします。上古時代にはキュウリ・ナス・ニンニク・竹の子・大根などで塩漬けなどを作rましたが、今日のキムチとはとても違ってキムチと言うよりは漬物類に近ったです。

20. テンプルステイ

一般の人が山寺での宿泊・生活を体験し、心身を清めること。 「Temple Stay
プログラムは各寺院によって違いますが、仏教の対しての基本的な教えを学ぶ貴重な体験になります。

詳細案内 クリック!》》》

21.陶磁器

陶器と磁器。粘土に長石・石英などの粉末をまぜて成形・焼成した製品。

土器・陶器・炻器・磁器に大別される。


陶磁器作り体験のながれ
①ロクロを回しての成形。
出来上がったものは一度、天日やオンドルを使って乾燥され、象眼細工の工程に進む

②作品の表面や内側に象眼となる。
模様を彫りこむ

③そこに白い粘土を塗りこんで、再び乾燥させる。
その後白い部分や余分なものを表面から削り取る作業となり、キレイな象眼の模様が浮かび上がる。

④木炭のアクから作った釉薬に浸けて、乾燥、窯焼きを行う。


     
HOME | 会社案内 | ログイン | 会員登録 | お問い合わせ
Copyright (c) Tabikr Communications. All rights reserved.